追憶の苑(牧石華月様)「恋になる前の5つのお題」
  1. この距離を壊したくない
  2. たとえば、
  3. 怖いのは拒絶されること
  4. 君が笑っていてくれるなら
  5. その一歩が踏み込めない

成歩堂法律事務所に、相変わらず仕事は入ってこない。真宵と二人、事務所で時間をひたすら潰す日々が続いた。
今は、成歩堂は無意味な書類整理をし、真宵はチャーリーの観察をしていた。
「ねぇなるほどくん、暇だよぉ」
「仕事が入れば忙しくなるよ」
「仕事、入らないじゃない。そういうの、キジョーの空論って言うんだよ」
「……」
何も言い返せない。
真宵はぱっと立ち上がって、成歩堂のデスクの前に立った。その笑顔を見たところから察するに、何かイイことを思い付いたらしい。
「ね、ね、宣伝ポスターとか作ろうよ!『どん底からの逆転、奇跡の瞬間を見届けるのは、君だっ!』とか」
「……真宵ちゃん、ヒメサマンの見すぎじゃない?」
「え〜、絶対かっこいいよ!千客万来間違いナシだね!よおし、真宵ちゃんが原案を描いてあげよう!」
そう言って応接間の方へ行ってしまった。
成歩堂は微笑ましい気分でそれを見送って溜め息をつき、また無意味な作業に戻る。
気が付くと、室内は薄暗くなっていた。大した作業でもないのに、集中していたらしい。
六時を回ったくらいだろうか。
「真宵ちゃん、お腹空かない?」
隣りの部屋にいるはずの彼女からは、返事がない。
行ってみると、ソファに寝転がって安らかな寝息をたてている。机の上には、絵や字の描かれた紙が何枚も散らばっていた。
デザインを考える間に眠くなってしまったのだろう。ちょっと一寝入り、と思って熟睡してしまうのは成歩堂自身ままあることだ。
紙をまとめて、毛布を一枚取り出してきた。それを彼女にかけてやってから、寝顔を覗き込む。
無防備な顔から“女性”を感じて、慌てて目を逸らした。
彼女の明るい笑顔は、十八歳の、少女と女性の中間である存在から、女性を巧みに隠している。
少しずつ真宵に惹かれている自分を、最近意識している。まだ「好き」なわけではないのだろう。ただ、守りたい。
それが変化してしまうのは、時間の問題のような気がした。
だが今がいい。好きになってしまえばきっと止められない。
平和な毎日が続けば、それで良い。

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2、たとえば、

例えば、千尋さんがあんな事件に巻き込まれず、今も健在だったら。
彼女は優秀な弁護士であり、僕の師匠だ。もっと教わりたいことがあったし、とにかく僕の中で千尋さんはとても大きな存在だ。
そういう意味でも今とは全く違う状況が想像できる。
ただ、それだけじゃない。
真宵ちゃんは、千尋さんが亡くなったのがキッカケでここにいる。つまり、あの晩、千尋さんが無事真宵ちゃんに会っていたら、僕と彼女は顔を合わせるだけで終わっていたかもしれない。
千尋さんが亡くなったのは、絶対に良いことであるはずが無い。
でも、絶対的に悪いことでもないと思うのだ。
「ねぇ真宵ちゃん、千尋さんがもし生きていたら、どうだったかな」
お馴染みのやたぶきやでみそラーメンをすすりながら、成歩堂はぽつりと呟いた。
真宵はすすりかけだった麺を口に収めてから、少し考える。
「お姉ちゃんがいたら……なるほどくんにも、もうちょっと金銭的ヨユーがあったかもね」
いたずらっ子の笑みで成歩堂を見る。
成歩堂は乾いた笑いを返した。実際、成歩堂一人では仕事なんてきやしない。
「……でもあたしは、お姉ちゃんがいなくなって、悪いコトばっかじゃないと思うな」
「え?どういうこと?」
「ないしょ!」
「内緒って……なんだよ、真宵ちゃん!」
「なるほどくん、ラーメンのびちゃうよ」
これ以上言うつもりはありません、というつもりなのだろう、真宵はラーメンの麺を派手に音を立ててすする。
成歩堂もそこまで鈍くはないので、しかたなくラーメンに手を付ける。
真宵の真意は結局、わからず終いになった。

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3、怖いのは拒絶されること

真宵の小さな背中を見ていると、恋しているが故、抱き締めたくなる時がある。それをこらえて見つめていると、テレビ画面に食い入るように熱中していた彼女が振り返った。
「なるほどくん、ヒメサマン映画化……って、どしたの?ぼーっとしちゃって」
「なんでもないよ」
曖昧に笑ってごまかした。
真宵は特に気に留めず、話を続けた。
「映画化だって!一緒に行くんだよ、なるほどくん」
勧誘ではなく、既に決定らしい。
やることだけは恋人みたいだ。
だからと言って、抱き締めるなんてことは許されない。何より、拒絶されるのが怖い。
ただ、もっと普通の恋人のデートみたいなことは、できそうだ。
「たまにはさ、アニメ以外の映画も見に行こうよ」

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4、君が笑っていてくれるなら

「終」
スタッフロールの最後に筆文字で一文字表示された。
隣りに座る真宵の体から力が抜けるのがわかった。
ソファに二人で座っているのだが、その間には微妙な距離がある。
「ふ〜、面白かったね、トノサマンスペシャル!何度見ても感動するよね!」
「……そうだね」
成歩堂が付き合わされただけで、もう十回は見ている。
ファンではない成歩堂は、短期間にこれだけ見ると正直飽きがきている。
ただ、これだけ見ていると、ハマってきているのもまた事実だった。真宵のトノサマントークに着いていくどころか、自分もトークできそうだ。
実際今も、真宵が語るトノサマンに頷いたり突っ込んだりゆさぶったり異議を申し立てたりを自ら楽しんでいる。
真宵も、笑ったり悩んだりくるくる表情を変えながら会話を弾ませる。
二人の間の、微妙な距離を見た。
この距離をつめたいと思う。ずっと思ってきた。
成歩堂は真宵に対する気持ちが恋だと気付いてしまっていたし、それを止めることなどできはしないのもわかっていた。
ただ、こうして真宵が笑っていてくれるなら無理に距離をつめる必要も無い、十分かと思う程に、最近の気分は随分落ち着いたものだった。

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5、その一歩が踏み込めない

いくつか相談の依頼を受けたものの、大した仕事も無いまま今日も事務所を閉める時間になった。
夕食に調度よい時間で、腹の虫が今にも鳴き出しそうだ。
真宵は簡単な掃除をしながら、チャーリーの世話をする成歩堂に声をかける。
「お腹すいたねぇなるほどくん。あ、今日ご飯一緒食べようよ」
「うん、いいね。最近やたぶき屋行ってなかったしね」
彼は笑顔で真宵を振り返った。
それに向かって、真宵も笑顔を返す。ただ、その笑顔は成歩堂のものとは少し系統が違って、悪戯めいたものが含まれている。
「今日はまよいちゃんが手料理をご馳走しちゃうよ!」
成歩堂はしばし機能停止する。
「ええぇっ!?いやいやいや、いいよ!ラーメン食べたいし!」
心なしか顔色が青い気がする。
そこまであからさまにされると少し傷つく。
「なるほどくん、あたしが料理苦手だと思ってるでしょ?あたしこう見えて上手いんだから!」
「……」
信じてくれていないらしい。目が正直に語っている。
ちょっと不機嫌な顔をして、腕を組む。
「なるほどくんどうせいつもコンビニ弁当とかだろうし、たまには温かいもの食べたいんじゃないかな〜って思ったんだよ?」
「え、そうなの?それは、ありがとう……」
「だから、ホラ!材料が無いと何も作れないし、買い物行くよ!」
手首あたりを掴んで、強引に引っ張る。
成歩堂は素直に引かれて着いて来る。
誰かと一緒に買い物した方が楽しいというのもあるが、成歩堂は主に荷物持ち用だ。
帰ってみると、予想以上に大きな荷物になっていた。荷物持ちを連れて行ったのは正解だ。
成歩堂は両手に大きな袋を二つ持って、真宵は片手に財布。
「まよいちゃん、ちょっと買いすぎじゃあ……」
「大丈夫!」
五人分は裕にあるようだが、真宵は気に止めなかった。食べればいいのだ。
事務所にも一応、キッチンが付いている。千尋がここで料理することもあったのだろう、一通りのものは置いてあった。
上機嫌のままそこに行き、袖を捲る。
「さ、始めよう!なるほどくん、ジャガイモ洗って」
「作ってくれるんじゃないの!?」
「手伝うのと作るのは別だよ」
成歩堂は大概真宵に弱い。
ジャガイモを適当数取って水で軽く洗った。
次々と成歩堂に指示して、真宵は料理を仕上げていく。
比較的失敗のしにくい、イタリアンを選んだ。
そうして出来上がってテーブルに並んだ料理は、なかなかおいしそうだと自分でも思う。
「……おいしそうだね」
成歩堂はいかにも意外という顔で料理を眺めている。
胸を張って、もっと誉めよと主張した。
「まあ……問題は味だけど」
意地の悪い顔で切り返された。
それでも、真宵はまずくない自信があるのでダメージは受けない。
「じゃあ食べてみてよ。なるほどくん、あたしを見くびっちゃあ困るな」
軽く笑って、成歩堂はフォークを手に取る。
一口、口に入れて大して味わうこともなく表情が一変した。
「おいしい!」
「ね、ね?私だって霊媒の修行ばっかしてたわけじゃないんだよ!」
「うん、本当においしいよ。まよいちゃんにこんな特技があるなんて知らなかったな」
賛辞は素直に受け取って微笑む。
味わいながらも、がっつくように食べる成歩堂を見ながら真宵も食事を始める。
端から見たら恋人か、あるいは夫婦のようだった。
一緒に夕食の買い出しに行き、作り、食べる。
これに限らず常日頃二人のやることは友達の枠を出ている。
ただ、恋人の枠に踏み込むのには双方共に鈍感すぎた。
そして、勇気が足りなかった。
この焦れったい関係は時間だけが解決してくれるのだろう。

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