シーザーを例えるなら炎だ。
とヒューゴに言われたことがある。
そう言わせるのは、滅多に櫛も通さず勝手に跳ね回る、この赤い髪のせいなのだろう。 だが、シーザーは自分の髪を炎だとは思わない。第一、炎のように鮮やかな色をしていない。暗くて、血のようだと思う。昔から嫌いだ。
その時に、シーザーは何と答えたか覚えていない。それ以外にヒューゴの言葉を思い出せないから、多分気のない返事をして会話が途切れたのだろう。
聞いてみればよかった。なぜそう思うのか。

* * *

今日は早めに雑用を済ませた。まだそれ程遅くない時間だから起きているだろうし、ヒューゴと話す時間があるかな、と部屋を訪れてみる。
戸を叩いて返事を待つが、返ってこない。
「ヒューゴ、開けるぞ」
一応声をかけて、扉を開く。
予想通り、中は無人だ。
窓から入る薄暗い明かりにだけ照らされて、室内は冷え冷えとして見えた。
ベッドは整えられたままだ。
日が沈んでも部屋にいないことは珍しかった。大した用も無いので逡巡したが、結局探しに行く。
彼が居そうな場所は、彼の親友の所しか思い付かなかった。実はシーザーはヒューゴのことをあまり知らないのかもしれない、とネガティブな思案をして、勝手に衝撃を受けた。
城の正面扉を開けると、シーザーの予想は外れてヒューゴはフーバーと居るのではなかった。ただ、フーバーの側であるのは違いなくて、扉の前の広場に居る。
子供が一緒のようだ。シーザーから顔は見えるが彼は気付いていない。
「もう終わり!」
とヒューゴ。
困った声だ。
「え〜ドラゴン出してよ!炎のドラゴン!!」
「でもちょっと難しいんだよ、あれは」
「お願い!小さくてもいいから!」
「うーん……じゃあ、小さいのね」
「やったぁ!」
子供は手を叩いて喜んだ。
ヒューゴは大きく深呼吸をして、集中しているようだ。
差し出した右手の上に、ぽっと小さな火が灯る。揺らいで不安定だ。
揺れて、瞬いて、形を変化させていく。子供の粘土細工を見ているようだ。
そして唐突に、消えた。目を見張った次の瞬間、ヒューゴの手の平から軽い破裂音と共に空に向かって光が飛び立った。
細かい光の粉を撒き散らして高く飛び、そして戻ってくる。少年に向かって進行方向を変えたから、意思を持って飛んでいるように見える。
蛇のように長い胴を持つ、人の片腕程の長さの小さな竜だった。鱗や顔の造りまで細かく見える。口を大きく開けてずらりと並んだ牙をむき出しに、凶悪な表情だ。
炎でできた竜は、空を見上げる少年の目の前まで急降下して頭から足下まで周りを飛び、一頻りじゃれると空に向かって消えた。
一瞬のイリュージョンだった。
「すごい!かっこいい!!ありがとう!ねぇ、僕も火の魔法の修行したらできるようになる?」
「きっとできるさ。炎に頼むんだ。火が好きならきっと応えてくれるよ」
子供は興奮しきっていたのが急にしおれた。
「……僕、火はあんまり好きじゃないんだ。村を焼いたから」
注意して見てみると、子供はカラヤの子らしかった。
カラヤの村が焼き討ちにあったことを言っているのだろう。
「ヒューゴは、炎が怖くないの?」
「……怖いよ」
ヒューゴも、実際燃えるカラヤを見ている。そしてそこで親友を一人失った。
炎に嫌な思いが無いはずが無い。
「怖いけど、それは炎を使った人がだよ。炎は暗い所で何も見えなくても、導いてくれるだろ?他にも、料理に使ったりとか、身近に助けてくれる」
「でも……怖いよ」
「怖い面もあるけど、オレは炎に助けてもらった方が、怖い思いをしたのよりずっと多いな」
子供は、指折り数え始めた。その仕種はいかにも子供らしく、微笑ましい。
子供も、怖いのと助けてもらったのと、助けてもらった方が多かったらしい。
何度も自分に向かって頷いて、ヒューゴに明るい笑顔を向けた。
「僕も、炎好きだ!」
「それじゃあ、オレと同じことも簡単にできるよ」
「うん!」
子供は上機嫌でヒューゴに礼を言い、手を振って帰って行った。
それを見送り終わるのを待って、声を掛ける。
「ヒューゴ」
ヒューゴは振り返って、すぐに笑顔を見せた。
走り寄ってシーザーを見上げる。
「今日はもう終わったのか?」
「ああ。だからちょっと話そうかと思った」
「話したいコトあったんだ!部屋でゆっくり話そうよ」
本当に幸せそうに笑うから、つい抱き締めたくなる。
連れ立って城内に入った。ホールには夜独特の静けさが漂っている。
明かりに用意されている松明が目に入った。
炎。ヒューゴにとっての炎とは。
「……なぁ、俺の髪、どう思う?」
「は?」
唐突すぎたらしい。
口に出してみてから、答えに困る質問だと気付いた。
「いや、だから……えーとつまり、例えるなら?」
「何だよ急に?」
軽く苦笑された。
そこで軽く流すことはなく、真剣に考えている様子だ。そんなところも好きなところだなぁと、少しばかり論点のずれた感想を持った。
「夕焼け、かな」
返ってきた答えは、予想外だった。
「キレイな色だもんね」
「そりゃ……どうも」
笑顔と共に手放しの賛辞をもらって、不意打ちをかけられた気分だった。
照れた様子は見せたくないので、努力して隠す。
「で、どうしたんだ?いきなり」
「別に……何となくだよ」
納得したわけではないようだが、ヒューゴはそれ以上尋ねなかった。
シーザーが言うつもりのないことを悟ったのだろう。
階段を上り切って、ヒューゴの部屋に向かう。二人の鈍い足音だけが聞こえる。
足音と、隣りの温もりでヒューゴを意識しながら考えた。
――─炎は暗い所で何も見えなくても、導いてくれるだろ?───
自分はヒューゴにとって、本当にそんな存在になることができているのだろうか。
ヒューゴは、そう思ってくれているというのだろうか。

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