赤いものを挙げてみよう。
リンゴ、チューリップ、トマト、炎、血、夕日に朝日、それこそ沢山ある。
じゃあ、その中で一番赤いのは?
* * *
紅葉も美しい、涼しく過ごしやすい季節。
秋。
といえば、運動会。
そんなわけで、ビュッデヒュッケ城で運動会が行われることになった。
頭の固い連中も、ゼクセン、グラスランド間のわだかまりを無くす良い機会だと説得すると、反論しなかった。
チームは全部で四つ。
赤、青、黄、茶。詰まるところの、五行の紋章チームだ。風のみルックの手にあるため、四つのチームになったが。
それぞれのチームのリーダーは、無論真の紋章の継承者。
赤、ヒューゴ。青、クリス。黄、ゲド。茶、ササライ。
チームのメンバーはクジで決めた。
「なぁシーザー」
「ん〜?」
チームが決まったその日、シーザーがどこのチームか気になって、ヒューゴはシーザーに会いに来た。
来たはいいが、なかなか本題に移れないで無為に時間を過ごすことになっていた。
何度か口を開いては見当違いなことばかり零した。
シーザーは書類に目を通しつつ、ヒューゴの話を聞いている。
「え〜と……昨日の夕飯、オレの好物だったんだ」
何度目の失敗だろうか。
「昨日の夕飯、ハンバーグだったよな?俺もハンバーグ好きなんだよ!」
「ハンバーグおいしいよね!肉汁が流れ出すのとか……」
「そうそう。ソースも重要だよな」
適当に相槌を打った。
そうして自分に突っ込みをいれる。こんな平和な話をしにきたわけではない。
やっと心を決めて口を開いた。
「シーザー、その……誰のチーム?」
「ササライ。残念か?」
「別に」
本当は、すごく残念だ。同じチームなら、何かと一緒にいられる時間が増えるだろうから。
そんなことを言うと、シーザーが嬉しそうにだらしなく笑うのは見えているから、言わない。どうせヒューゴの心理などあちらにはわかるのだから。
「それで、競技は?」
出場競技も、チームと一緒にクジで決めることになっている。
「俺は応援組」
「なんだよ、それ」
「俺が競技なんか出るわけないだろ?」
「でも全員競技に参加するはずだろ?」
「セシルが快く引き受けてくれた」
「……」
「お前は?」
「借り物競争と、オレ大将だから騎馬戦」
各チームのリーダーは、騎馬戦に必ず出場することになっていた。大将戦のためだ。
クリスのみ女性のため、女性の部に出場する。他のチームは女性の中から一人ずつ、あらかじめ大将を選んでおくことになっていた。逆にクリスのチームは、男性から一人大将を選ぶ。
「5日後だっけか?運動会は」
「うん」
その日までに、ヒューゴもリーダーとしてやらなければならないことが雑多にあった。
シーザーはいつも忙しい。
顔を合わせることはほとんど無くなるであろうことは、容易に予想できた。
そう思うと、こうしていたい気持ちは強いが、そうもしていられない。
「じゃあオレ、チームのメンバー見てこなきゃいけないから」
「あぁ」
くるりと背を向けて、戸に向かう。
「ヒューゴ」
「ん?」
振り返ると、柔らかく微笑んだ眠たげな顔。
「頑張れよ」
「……うん」
* * *
5日の後。
牧場には万国旗が張り巡らされ、明るい雰囲気だった。
会場はここだ。牧場は柵を取り去ってしまえば、丁度良いグラウンドになった。
ヒューゴは運動会は初体験だ。
内容は漠然と理解した。しかしそれを実感を伴って理解する今、興奮を抑えきれない。
プログラムをもらった。流れは一般的なものであるらしい。開会式に始まり、競技を行い、勝敗を決し、閉会式。
書いてあること全て新鮮で、プログラムの隅から隅までじっくり読み込んだ。
* * *
騎馬戦女性の部。
各チーム五騎ずつ用意する。ただし、大将以外は全員、他の競技と同じようにクジだ。
赤組はルシアが大将。青はクリス。黄はエミリー。茶はユミィ。
頭のヘルメットに付いた紙風船を割られたら、或いは馬から騎手が落ちたら失格。魔法や道具の使用は一切禁止。ちなみに、攻撃にはピコピコハンマーを使う。
まずは全体戦。混戦状態で戦う。
ホイッスルの合図で開始だ。
「母さん、頑張れ!」
ルシアは軽くヒューゴに挨拶を返し、それとほぼ同じくしてホイッスルが鳴った。
地響きに似た足音と、閧の声が響き、ピコピコと気の抜ける音がそれに交じる。
しばらくすると、またホイッスルが鳴った。試合終了だ。
結果。黄が最も生き残った騎馬が多く、赤、青、茶と続く。
勝敗を決するのは次の大将戦だ。四チームの大将全員で戦う。
それぞれの大将が進み出ると、会場が静まった。
ホイッスルが鳴ると、中心に向かって走り、組み合う。
ハンマーが振り上げられ、それを防ぎつつ攻撃。それを止められ、すかさず次の攻撃。その繰り返し。
大将だけあり、なかなか勝負がつかない。
「……女としてアドバイスしよう」
ルシアが低い声で呟いた。
ハンマーを持つ手はクリスに掴まれ、そしてクリスのハンマーを持つ手を、自分の空いている方の手で掴んでいる。
エミリーとユミィもほぼ同じ状態だ。
「強すぎる女は嫌われる。時々弱い所を見せるのが賢いやり方だ」
「では少し引いたら如何です」
「私が女らしさを見せても仕方無い。若いお前だからこそだ」
「お心遣いは嬉しいが、心配無用」
二人の間に、火花が見えるようだ。
激しく睨み合いが続く中、続けて二回、ピコっと聞こえた。
「あら、お取り込み中だったかしら」
やんわりとした物腰でユミィが微笑んでいる。
ルシア、クリス両者の頭のヘルメットには、潰れた紙風船。
審判がホイッスルを鳴らす。
大将戦終了。勝者茶組。
全体戦では最下位だった茶も、大将戦と総合して一位となった。
* * *
借り物競争がそろそろ始まる。
出場者が招集された。
ルールは単純。ピストルの合図で駆け出し、箱の中に入ったメモを取る。そこに書かれた条件に当てはまる物を、誰かから借りて持ってくる。一番早かった者から順に得点が入っていく。
それを四人ずつ、三回行う。ヒューゴは第一走者になっていた。
走者が位置に付く。
「ヒューゴ様、私も出るんです!よろしくお願いします」
ベルだ。確かベルはゲドのチームだ。
茶はフーバーが出場するようだ。青はレット。
この中でならば、フーバーの次に速いと自信がある。フーバーは紙を箱から取り出すのに苦労するだろうから、結果ヒューゴが一番速いだろう。
勝ちにこだわるわけではないが、負けるよりは勝つことを目指す。
審判が声を張り上げる。
「位置に付いて!よーい……」
手を地面につき、腰を高く上げる。前に倒れるか倒れないかの際どいバランスで姿勢を保ち、合図を待った。
パンッとピストルが鳴る。
4人が一斉に走り出した。
スタート直後はヒューゴが先頭。しかしすぐにフーバーが追い上げる。
横目でそれを流し見た。
箱まで辿り着いたのはフーバーが先だったが、嘴を突っ込んで苦戦している間にヒューゴは追いつく。
フーバーには申し訳ないが、無視して箱を漁り、一枚の紙を取り出す。そこには、赤、とだけ書かれていた。
赤。赤いものと言えば……。
しばらく考えて、ヒューゴは駆け出した。
観客席に向かって走り、そこに見える赤に向かって行く。
「バーツ!そのトマト貸してくれ!!」
「えっ!?あ、ああどうぞ」
「ありがとう!」
と言って受け取る直前、一陣の風が通り過ぎ、トマトが消えた。
風を目で追うと、フーバーがトマトをくわえていた。
「フーバー!それはオレのだ!」
フーバーは申し訳なさそうな顔をしつつ、ゴールに向かって飛んで行ってしまった。きっと、フーバーの紙にはトマトと書かれていたのだろう。
仕方無く、次の赤を探す。
次の赤は、頭の端の方に考えてある。ただそれを借りるのが少し躊躇われる。
しかし、もう時間が無い。ベルもレットももう借り物を探し始めている。
また、赤を目指して駆け出した。
「……シーザー!」
呼ばれた本人は、観客席の奥の方でぎょっとして立ちすくんでいる。
駆け寄ってくるヒューゴを、ただ両の眼で見つめている。
「シーザー、一緒に来てくれ!」
「お、俺?」
「早く!」
焦れて苛立ち、大きな声を出すと、シーザーはやっと動いた。
手の届く範囲まで来ると、その手を掴んで走り出した。
もう一位は狙えないだろうが、せめて二位を、と思っていた。
ゴールまで一気に走り、審判に借り物と、赤と書かれた紙を見せる。
「赤……でシーザー殿ですか」
審判はナディールだった。
「シーザーの髪は赤いし……駄目ですか?」
「いいえ、いいでしょう。では、ヒューゴ様が一位ということで」
「え?フーバーは?」
「指定はリンゴだったのですが、トマトを持って来てしまったので……」
フーバーには、トマトもリンゴも同じに見えるのかも知れない。両方赤く、丸い。
フーバーにとってはどちらでも大した問題ではなく、同じ食物だ。
そこに、ちょうどフーバーが来た。手に人間を抱えている。
「フーバー、それはアップルさんだよ」
「いえ、いいでしょう。フーバー殿は二位!」
「……?」
「アップルってのは、リンゴって意味だろ?」
シーザーに指摘されて、やっと気付いた。
そして、シーザーの手を握ったままであることにも気付いた。慌てて離す。
「急にごめんな、シーザー」
「いや、お前から手握ってくれるなんて滅多に無いことだしな」
カーッと頬が熱を帯びる。
今更ながら、シーザーの手を握っていたことを意識する。手にまだ感触が残っているようだ。
競技が終わって、結果が発表されて、色々あったが全てに集中できなかった。
シーザーの、思いの外固くて大きい手の感触ばかり気になって、何も考えられなかった。
* * *
ヒューゴの出番はもう無くなったし、会場にいても周りが煩わしく感じられるだけなので、抜け出した。一人でいたかった。
牧場の喧騒が微かに聞こえる場所だ。遠くまで行ってしまうのは、良くないような気がした。
ちょうど大きな岩があって、太陽で程良く温まったその上で昼寝でもすることにした。
鳥の羽音が聞こえる。それは段々と近付いて来て、フーバーだと直ぐにわかった。
少し離れた所に降り立ち、隣に鎮座する。
何か言いたいことでもあるのか、服を啄んでいる。
頭を撫でてやると、小さく鳴いて不思議な表情をした目で見てくる。
「さっきのことか?あれは仕方無いだろ?結局オレが一位だったんだし、気にするな」
トマトをフーバーがとって行ってしまったあの時、申し訳なさそうな顔をしてはいたが、フーバーがトマトを奪ったのは単純な勘違いではない気がした。
トマトとリンゴの見分けがつかないことがあるだろうか。
フーバーは賢い獣だ。時に、人間が獣に姿を変えたのではないかと思う程に。
疑問には思っても、親友とは言え、口の利けないフーバーの深層など、わかる術が無かった。
「赤と言えば、何だろう」
フーバーは菫の色の曇り無き眼で静かに次の言を待っている。
「沢山あるよな。今考えれば、幾らでも思い付く。けどあの時には、シーザーの顔が浮かんで離れなかった」
太陽の白、空の青、雲の灰、草の緑、土の黒。
世界には色が溢れ、彩っている。赤も数え挙げれば切りが無い。
その中でたった一つ選んだ赤。
「オレにとっては、シーザーが一番赤いんだ」
多分、そういうことなのだろう。
数ある赤の中で際立つ赤。決して多衆に埋もれてしまうことのない、それ。
頬に手を添えると、フーバーは自分から擦り付けてきた。
シーザーにとって、ヒューゴはどんななんだろう。
* * *
ヒューゴの寝転がる岩の下、シーザーは座り込んでいた。
(……そんなこと言われたら、出るに出られねぇじゃねえか)
ふぅ、と溜め息を吐く。柄にも無く、頬が熱い。
ヒューゴの姿が見えなくなったので捜していた時に、フーバーが飛んで行くのが見えた。フーバーを追えばヒューゴの許に行けると思い、後に付いて来たのだ。
声を掛けようと思ったが時期を逸してしまい、盗み聞きをする結果になってしまった。
けれど、
『オレにとっては、シーザーが一番赤いんだ』
そんな言葉が聞けたから、盗み聞きも良いかと考えた。
岩の上と下、同じ空を見上げて何をか想う。
-------------
back