「シーザー、今日は休みなさい」
「へ……?なんで急に……」
「そんな状態で、まともに仕事ができるはずがないわ。外の空気でも吸ってらっしゃい」
アップルに言われて、外に出てみたものの、何をしろと言うのか。
最近、煮詰まっていたのは確かだ。
軍師として、炎の運び手のメンバーに加わったまではよかった。
しかし、覚悟していたとは言っても、やはり人の命を背負うというのは簡単なことではなかった。
仕事を一つこなすのにも、いちいち要らないことまで考えてしまう。
それがアップルにはわかっていたのだろう。
しかし、気分転換をしてどうにかなるものでもないと思うのだが。
シーザーとしては、公認で仕事をサボれるのだから、嬉しいのだが……。
「あれ、シーザーどうしたの?仕事は?」
「あぁ……ヒューゴ。いや、今日はちょっと息抜きだ」
城の入口の脇のフーバーと一緒に居るヒューゴは、シーザーに一番先に気付いた。
「ふ〜ん……。でも、そうした方がいいよ。シーザー、なんかおかしかったもん」
「そうか?」
「うん。悩んでるみたいだった」
「……よく、見てるんだな」
ヒューゴは得意げに笑った。
「それじゃあ、今日は一日暇なの?」
「そうだな」
「じゃあさ、オレとでかけない?」
「いいけど……二人でか?」
「あとフーバー」
仮にも軍の主である者が、それは余りにも不用心すぎないだろうか。
それを言ってみると、ヒューゴは不貞腐れてしまった。
「じゃあ……いい。行かない」
「ヒューゴ……」
「オレだって一人前の戦士だ。自分の身ぐらい自分で護れる」
「……それじゃあ、俺はどうなるんだ」
シーザーが呆れたように言うと、ヒューゴは、あっと小さく声をもらした。
「フ、フーバーが居るだろ」
「……なんでそんなに行きたいんだ?そりゃ、俺だって行きたいけど」
「それは……シーザーがちゃんと仕事できないと、困るし……」
「それなら、わざわざ外に行かなくてもいいだろ?」
「い、いいじゃないか!そんなことどうだって!行くの?!行かないの?!」
シーザーはしばらく考えた。
シーザーと、ヒューゴとフーバーと三人で出かけたとして、ヒューゴは安全だろうか?
シーザーは全く役に立たないから、実質、戦力は二人。
これでは、戦いになればまずヒューゴを護りきれないだろう。
では、襲われた時にヒューゴを逃がすことは可能か?
……シーザーが足止めをし、フーバーがヒューゴを連れて逃げれば、可能。
普通のモンスターならば、そんな手を使うことはないだろうから、相手は破壊者。
シーザーが人質として捕まっても、アルベルトが居る。
いくら仲が悪いと言っても、死を望みはしないはずだ。
ならば、シーザーの身の安全も保証される。
さらに、人質としての価値もなくなる。
そこまでを素早く考え、シーザーは答えた。
「よし、行こう」
ヒューゴは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、すぐに行こうよ」
ヒューゴはフーバーの上に乗りながら言った。
「了解。……二人も乗って大丈夫か?」
「キュイイィン!」
フーバーは元気に答えた。
おそらく、平気だと言いたいのだろう。
「じゃあ、行くよ」
フーバーは、ヒューゴが言うのと同時に飛び立った。
「どう?気持ちいいでしょ?」
「あぁ。空なんて飛ぶのは初めてだからな」
「こうしてると、悩みなんてどうでもよくなってこない?」
「……そうだな」
後ろに座っているシーザーの顔は見えなくても、声が嬉しそうに聞こえた。
ヒューゴにはシーザーの悩みごとなど、想像もつかなかったが、気分転換ぐらいは付き合える。
「日が傾いてきたな」
「もうすぐ、夕陽が見られるね。どこかに降りようか。フーバーも疲れただろうし」
ヒューゴはそう言って、どこか広い、けれど夕陽が見られる程高いところを探した。
「あ、あそこに降りて。フーバー」
フーバーは、羽根が舞い落ちるように、静かに地面に降り立った。
「ちょうどいいね」
夕陽が、最も美しい瞬間だった。
「明日は、晴れるね」
「そうだな」
二人は、言葉もなく夕陽を見つめた。
大自然の前に、言葉は不要だった。
「シーザー、悩んでる時には自然の中にいるのが一番だよ。なんか吹っ切れて、前向きに考えられるから」
「……そうみたいだ。楽になった」
また、二人は口をつぐんだ。
「なあ、ヒューゴ。兵として、俺の判断一つで命が左右されるのを、どう思う?」
「何も。オレは、シーザーの指示の通りに動くだけだ。戦いの中で死ねるのなら本望だ」
ヒューゴは、感情を込めずに言う。
「っていうのは建前だけど。死にたいとは思わない。シーザーの判断で、オレ達の命が動くのも事実さ」
シーザーは無表情で聞いている。
ヒューゴは、夕陽に照らされて赤く染まるシーザーの横顔を見た。
「だからこそ、シーザーには、自信をもってオレ達の命を使ってもらいたい。悩んで、苦しんで、それから決心して、迷わないでもらいたい」
シーザーの眉が、少し動いた気がした。
ヒューゴは続ける。
「オレ達は、シーザーを信じて戦ってるんだ。シーザーが迷ってたら、オレ達はどうすればいいんだ?」
フーバーが、ヒューゴの背中を非難するようにつつく。
ヒューゴはそれを止めた。
厳しいことを言っているのはわかっている。
しかし、シーザーは上辺だけの慰めなど求めてはいない。
「それはシーザーもよくわかってると思う。だから悩んでるんだろ?」
「………………」
「迷うな、なんていうのは無理な話だよ。ならせめて、その気持ちを忘れないで。人一人の命の重さを知ってるなら、決してオレ達を簡単に捨て駒にするようなことはないから」
ヒューゴはまた前を向いた。
「オレ達が最も嫌うことは、自分の命を軽んじられることだけだ。時には捨て駒だって必要だよ。そんな時、シーザーが決めたことなら、オレは喜んで捨て駒になる」
ヒューゴは大きく息を吸い、また吐くと、シーザーの前に立ち、正面から見つめて言った。
「要は、命の重さを知ってるシーザーは、悩む必要なんてないんだってこと」
「……ありがとう」
「どう致しまして!ほら、そんな顔してないで。せっかくキレイな空なんだから」
ヒューゴは、シーザーの隣に戻って、夕陽を見つめた。
「シーザーの髪の色だ」
「……そんなこと、初めて言われたよ」
「どうして?そんなに綺麗な色なのに」
「……どうしてだろうな」
本当は、理由がわかっているのだろう。
シーザーは感情を抑えた声で答えた。
ヒューゴは、それに気付いていたが、何も言わなかった。
「……そんなこと言ってくれるような人は、居なかったからな」
「………………」
「家族が、アルベルトがそんなことを言うはずがないだろ?アップルさんだって」
「友達は?」
訊いてはいけないとわかっていても、つい、訊いてしまった。
「……いなかった。友達なんて、いなかった。……お前が、初めての友達だ」
ずっと家で、軍師の名家の子供として、勉強を続ける毎日。
学校に行っても、本当の友達なんてできなかった。
旅に出て、やっと見つけた友人。
親友と名乗るなんて、そんな厚かましいことは出来ないけれど。
「友達?親友には、なれないのか?」
シーザーは、驚いた顔でヒューゴを見た。
「だって、会ってからまだそんなに経ってないだろ?」
「友情に、時間が関係あるの?」
「……そうだよな」
景色が滲んだ。
急いでヒューゴから目を逸らす。
「……泣きたい時には、胸ぐらい貸すよ」
「ばかやろう……お前の胸を借りたら、腰が痛くなる」
ヒューゴはむっとした顔をして地面に座ると、シーザーの手を乱暴に引いた。
シーザーはヒューゴの隣に座り、肩に頭をもたれかけさせた。
「悪かったな、チビで」
「チビでいいんだよ。男に抱き締められて泣くなんて、俺は御免だ」
ふんっと鼻をならして、ヒューゴはそっぽを向いた。
───友よ、この瞬間、この刹那、共に過ごした一刻一刻を、その胸に刻み込め。消えてしまわないように、深く深く。
   友よ、決して忘れるな。どんなに遠く離れようとも、心は側に在ることを。お前を常に見守っていることを。散りゆく定めと知るならば、せめてその時が訪れるまで。
   友よ、愛しい友よ、悩み、苦しみ、傷つき、打ちのめされ、力尽きようとも、走り続けよう。共に駆け抜けよう。どんな時代も───

* * *

「いやぁ……青春だねぇ……」
ヒューゴが出かけたと言うので、護衛のためにこっそりついてきたフッチが呟いた。ブライトも一緒だ。
フランツとルビもいる。
シーザーが一緒に居るということは、ヒューゴは安全だと彼は判断したのだろうし、その判断は十分信頼出来る。
しかし、用心するにこしたことはない。
顎に手をあてながら、爽やかな笑顔をうかべ、うんうんと一人で頷いているフッチを見て、フランツは呆れ顔だ。
「そんなことを言ってる場合か……」
「いや、いいじゃないか。青春時代は大切だぞ?」
キラッ☆と歯が光りそうな笑顔でフッチは答えた。
「……それにしても、いつまでああしてる気だ?もう日が沈むぞ」
フッチを無視して、フランツは本来の任務を遂行する。
「いいじゃないか。好きなだけやらせれば。この時期は二度と戻ってこないんだ。シーザーも滅多にない休日だし」
「そうは言っても……」
「彼らの今の敵は破壊者だろう?彼らなら、夜だろうと昼だろうと、危険性は変わらないだろう?まさか夜になると活発化するわけじゃあるまいし」
「……それもそうだな。獣が襲って来ただけでは、やられはしないだろう」
「そうさ。だから、今は青春を謳歌させてあげようじゃないか!」
「……結局それか」

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