あれよあれよと言う間に、演劇公開の日になった。
練習の時間もとってあったが、シーザーがそんなものに参加するはずもなかった。
朝からゴタゴタと城中が騒がしかった。
主役の二人は、特にそうだ。
シーザーは早くに起こされ、引き連れ回されて、台本を一応読み合わせたり、衣装チェンジ等々、大変な人気ぶりだった。
ヒューゴもきっと同じなのだろう。
いつもは衣装は変えないのだが、何故か今回は変えるらしい。
理由をきいてみると、今回は特別なのだそうだ。
主役も特別に選んだし、セットも本格的にして、今までのお遊びの様な演劇とは全く違うものにするそうだ。
ヒューゴは女装しているのだろうか。
今回は本格的にやるというのだから、そうなのだろう。
今思えば、オーディションは、ヒューゴをジュリエットに仕立て上げる口実だった。
男女問わない。と言われれば、面白がって男に票を入れる者は多い。そして、英雄のヒューゴを選びたくなるのは当然。
ナディールはそれを狙っていたのだろう。
ヒューゴの女装……想像すると楽しくて仕方無い。
シーザーの顔に化粧が施されそうになった。
慌てて拒否する。
「あら、どうして?お化粧した方が綺麗になるわ」
シーザーの仮装担当女性陣の一人、アンヌが酷く残念そうに言った。
「……俺で遊んでるだろ」
アンヌはにっこり微笑み、化粧道具を構えた。
背筋が冷えたのは気のせいだろうか。
「ちょ……待て!」
「カッコ良くしてあげる」
逃げようとした所を、他の女性が押さえた。
それはもうがっちりと。
ひょろいとは言ってもシーザーは男。それでも逃れられなかった。
「じっとしてないと、ズレちゃうわよ」
「うわあああぁ!!」

* * *

何だかんだ言って結局ばっちり化粧もされて、見た目だけはちゃんとロミオになった。
絶対合わない。自分のガラではないと言ったが、はやし立てられれば、そんな気になるから不思議だ。
きっとヒューゴもこの調子で綺麗になっているのだろう。
自分よりも丹念に。
ヒューゴに会えるのは、舞台の上だ。
そうして焦らして何をしたいのかわからないが、ナディールはいつでも何を考えているかわからない。
だが、シーザーも楽しみは後に残しておきたい。
「そろそろ準備を」
「……まだ台本覚えてないんだけど」
無視された。

舞台に連れて来られたが、ヒューゴにはまだ会えなかった。
ジュリエットの居所を聞くと、もう準備が終わってセットに上っているらしい。
シーザーはセットの下で演じる。
ヒューゴに会えるのは本当に舞台の上になりそうだ。

* * *

開演時刻になった。
客入りは上々。
今まで、求められても決してジュリエットをやらなかったヒューゴが、今回はやるのだ。
ヒューゴは逃げ出すのではと思っていたが、今のところそのような情報は無い。
開演のブザーが鳴る。
観客の盛大な拍手。
初めは、シーザーの台詞からだ。
袖から、舞台に出た。
ジュリエットが居るバルコニーの下まで移動し、見上げる。
ここで声を掛ければ、ジュリエットが現れるはず。
黄金の髪の、小柄な。
「ジュリエット」
金の髪の、小柄なジュリエットが現れる……。
はずだった。
現れたのは、栗色の髪の、背の高いすらりとしたジュリエット。
「ロミオ、遅かったわね」
開いた口が塞がらないとは正にこのこと。
それは観客も同じようだった。
期待していた、愛しい姫君ヒューゴではなく、我が儘姫様リリィだった。
「……まさか、貴女がいらっしゃるとは思ってもみなかった」
「私が来てがっかりしたような口振りね」
「いいや。驚いたのです。今日はいらっしゃらないと思ったから」
観客からブーイングが起きた。
ほとんどがヒューゴ目当てだったのだろう。
「……ロミオ、ここまで来てちょうだい」
「どうやって」
「そこにハシゴがあるでしょう?」
……と言われても、そんなものは無い。台本にはそのような展開は無い。
だが、程なく梯子が舞台袖から現れた。小道具係が頑張ってくれたようだ。
梯子で逢瀬というのもどうだろう、と思うが。
仕方無く、担いでバルコニーに掛けて登った。
登りきると、リリィは何を思ったのか、目を閉じて唇を突き出してくる。
(……何の真似だ)
(キスよ!それぐらいインパクトあることしないと、客が治まらないでしょ!フリじゃだめよ。ちゃんとやらないとバレるわよ)
一体この姫は何を考えているのだろう。彼女の言うことにも一理あるのではあるが、他にも方法はあるだろうに。
まぁ観客からキスをしているように見えればいいわけだ。本当にする必要は無い。
目を閉じているリリィの顎を、指で持ち上げた。
こうして大人しくしていれば、リリィは本物の姫に見えないことも無かった。
ギリギリまで顔を寄せて、触れる寸前で止まる。
観客から、歓声が沸き起こった。
どうやら本当にしていると思ってくれたらしい。
だが、リリィは不満なようだ。
不機嫌そうに眉間に皺が寄っている。
何となく嫌な予感がして、離れた。それとほぼ同時にリリィはシーザーに勢い良く迫った。
離れていなければ、唇が危なかったかもしれない。
「ジュリエット、そんなに身を乗り出しては危ない」
シーザーに迫ったのを、身を乗り出したということにして、抱き止める仕草をした。
これでリリィの余計な口出しと行動を封じた。
これ以上唇に迫られることは無いだろう。
観客がまたざわめいた。
もう、その後はどうでもよくなってしまった。
ヒューゴでないジュリエットなど、ジャガイモか何かと同じだ。
さっさと終わらせようと、台本通りに、当たり障りのない運びで進めた。
リリィが何かおかしなことをしていたようにも思うが、大した問題ではない。
早く、ヒューゴに会いたかった。
劇が終わった後には、衣装もメイクも、全てそのままで飛び出した。
引き止める声は、聞こえない振りをした。
ロミオの衣装は、どこかの王子の様に豪華ではないが、舞台衣装であるため、それなりのものだ。
非常に走りにくかった。
ヒューゴがどこにいるか知らなかったが、わかる気がした。
なんとなく今なら。
心が示すままに進んだ。
ヒューゴは城から少し離れた場所で、草の上に寝転がっていた。
シーザーが近寄ると、身を起こしてこちらを見た。
「終わったのか?」
「……終わったのかじゃねぇだろ。どうしたんだ」
「リリィさんに頼まれて……」
「断れなかったのか。そんなことだろうと思ったよ」
良心が痛んで、ヒューゴは情けない顔で視線を逸らした。
「お前が悪いんじゃない。そんな顔すんな」
そう言うシーザーの顔を見ると、いつもの顔だった。
呆れられたかと思った。
「ヒューゴ」
シーザーが屈んでヒューゴと視線を合わせた。
近くで見ると、シーザーの顔の変化に戸惑った。
いつもよりも端正に見えた。
服のせいかも知れない。化粧のせいかも。或いは、もっと別の何か。
そんなに厚い化粧ではない……薄い化粧なのに、こんなに変わってしまうものなのか。元が良いからだろうか。
美しかった。
「顔赤いぞ」
慌てて顔を逸らした。
だが、すぐに顎を絡め取られて、シーザーに向けさせられる。
正面にある、近接した顔。
「……シーザーは誰にでもこういうことできちゃうんだ」
「……見てたのか」
答えなかった。
代わりに、手をはたいて離させた。
あの時の感情がまた蘇って、怒りが込み上げてきた。
シーザーの顔を見ていたくなくて、背を向ける。
背後で溜め息が聞こえた。
「やってない。リリィにはキスしてない」
「……」
「何に怒ってるんだ?」
「……オレが弄ばれたこと」
「だから、リリィにはしてない。本当に」
「……」
信じないわけではない。きっとそうなのだろう。
だが、感情が治まらない。
ヒューゴが欲しいのは、そんな弁解の言葉ではない。
何が欲しいのかはわからなかった。
「ヒューゴ、ヤキモチって知ってるか?」
「……」
「……俺がキスするのは、お前だけだ」
心の臓が、強く脈を打った。
汚い感情が、その言葉だけで洗い流される気がした。
あぁ、この言葉を待っていた。これが欲しかった。
シーザーの腕が、ヒューゴを後ろから抱いた。
「お前がジュリエットだったなら、本当にキスしてたところだ……」
髪に唇が押し当てられるのを感じた。
ヤキモチ……ヒューゴのあの感情はヤキモチだったのか。
リリィにヤキモチをやいたのか。
自分以外にシーザーが触れるのが、許せなかった。
どうやら、そんな恥ずかしい感情を自分から暴露してしまったらしい。
シーザーの唇が、髪を滑り、項、首と落ちた。
また、あの気持ちだ。
ヤキモチ。
シーザーが自分の唇以外に触れている。
それが悔しくてたまらない。
「……っ!」
耐え切れなくて、シーザーを振り返った。
シーザーはそれを待っていたかのように唇を重ねた。
いつもより、少し乱暴だった。飢えた獣のようだ。
乱暴……少し違うかも知れない。
情熱的。
この言葉が良い気がした。
シーザーがそうしてくれなければ、ヒューゴがしていたかもしれない。
体を捻って、首に腕を回した。
より深く繋がるように。
夢中で唇を重ねていると、音楽が聴こえてきた。
シーザーが唇を離す。
「……そういえば、劇終わったらダンスパーティーって言ってたな」
今日は一日寛ぐ日にすると誰かが言っていた。
シーザーが首に回されたヒューゴの腕を解いた。
そして手を恭しくとって言う。
「俺と、踊って頂けますか?」
「……オレ、踊れない」
シーザーはふ、と微笑んで、ヒューゴの手を引いて立った。
ぐいと腰を引き寄せ、手を構えた。
体がこれ以上無いくらい密着する。
「大丈夫。左足から」
シーザーが口で指示しつつリードしてくれた。
最初は戸惑い、何度も間違えてシーザーの足を踏んだ。
シーザーは怒ったりせず、もう一度最初から始めてくれた。
「ヒューゴ、顔上げて」
ずっと足下を見ていたことに気が付いた。
見上げると、予想以上にシーザーが近くにいた。
緩く微笑んで、和んだ顔をしていた。
何となくつられてヒューゴも微笑んだ。
そのせいで足がおろそかになり、シーザーの足につまずいてバランスを崩した。
シーザーの胸に倒れ込んで、シーザーも支えきれずに倒れる。
「……っ」
シーザーを押し潰して倒れてしまった。
息を詰める音がした。
庇ってくれたのだろう。ヒューゴには何も害が無かった。
「ご、ごめん!大丈夫か?」
ぽふっと頭に手が置かれた。
「パートナーを守るのが俺の役目だ」
少し照れた。
シーザーはオレのものシーザーはオレのもの……その言葉が頭の中をずっと回っている。
いつからこんなに独占欲が強くなったのだろう。
今こうして二人でいることで、優越感に浸っている。誰に対してだろう。リリィか。
シーザーがこんなことをするのは自分だけ。そう思うとすごく満たされる。
この幸せが、空の様であればいいと思う。
輝きながらどこまでも永遠に続く、空のように。
「ヒューゴ?」
その空は、いつでも真っ赤な夕焼け空だ。
「キスして……」
ねだって顔を寄せると、シーザーは唇を重ねた。
この唇は、オレのもの……。

-------------

back

index

home

diary

novels
幻想水滸伝3
逆転裁判
その他

link