ジュリエットに相応しいと思う人の名前を書いてください。
男女問いません。
突然、シーザーの手元にこう書かれた紙が届いた。
ナディールが来たと思ったら、これを渡してすぐにまたどこかに行ってしまった。他にも男限定で配って回っているのだという。
しかし、急にどうしたというのだろう。
今までにも演劇の公演をしたことは幾度かあったが、配役を投票で決めたことはなかった。
しかもジュリエット役なのに、男女を問わないという。
なぜなのか、全く理解できない。
しかし、考えていても仕方無い。
シーザーは紙に『クリス』と書いた。
クリスなら、演技力については多少難ありだが、人気もあるし、見た目がよく知名度も高い。
ただ、姫という雰囲気ではない気がしたが……。
シーザーは紙を持って酒場に向かった。
「おい、ナディール。書いたぞ」
もう配り終わったのか、ナディールは酒場に戻っている。
「これはこれは……お忙しいところ申し訳ありません。ありがとうございます」
ナディールは、そう言ってシーザーから紙を受け取った。
「クリスさん……ですか」
「そうだ。あいつなら集客に困ることはないだろ?」
「集客のことに重点を置くならば、ヒューゴ殿の方がよろしいのでは?」
確かにその通りだ。
炎の英雄という肩書きは、ヒューゴを一気に人気者にした。
肩書きのせいだけではなく、ヒューゴ自身の人徳もある。
内面の問題のみならず、外見も人気者である理由の一つだ。女性にはもちろんのこと、男もヒューゴを放っておかない。
シーザーはそれが面白くないから、ヒューゴを推薦しなかったのだ。
ヒューゴが美しい姫に扮する姿は見てみたいが、他の男に見せたくないし、なによりロミオと恋仲の役なのだ。
いくら演技とはいえ、それは絶対に許せない。
「男が姫役ってのはやっぱりだめだろ」
「よろしいではないですか。レオ殿のような方ならば、私も承諾しかねますが、ヒューゴ殿ならば姫役も合うのでは」
「俺の信念なのっ!」
ナディールはまあまあ、とシーザーを落ち着けて言葉を繋いだ。
「ですが、残念ながら今のところヒューゴ殿がトップです」
頭を殴られた様な衝撃がシーザーを襲った。
「……マジっすか」
「マジっす」
ヒューゴの人気ぶりには驚いて声もでない。
しかし、ただ驚いてもいられない。
「ロミオは……誰だ?」
シーザーは恐る恐る訊いた。
ジュリエットを男性のみに訊いたのなら、ロミオは女性にのみ訊いたはずだ。
ナディールの顔を窺うが、仮面の下の表情は読み取れない。
「まだ決まっていませんよ。ロミオ役も投票で決めようかとも思いましたが、それでは面白くありませんので、もっと別のことをやります」
「何をやるんだ?」
「当日分かった方が楽しいでしょう?」
今度は、仮面の下の表情を読み取ることができた。
笑っている。

* * *

ジュリエットのアンケートが行われて数日後。
炎の運び手一行の男に、召集がかかった。
男限定であることと、召集したのがナディールであることを考えると、ロミオ役を決めるのだということは容易に想像がついた。
だが、一つ疑問がある。
「ナディール、なんでロミオは男限定なんだ?ロミオも女がやったっていいじゃないか」
ナディールが、ふっと笑った。……気がした。
「その方が楽しいからです」
なんとなく、嫌な予感がした。
ビュッデヒュッケ城の会議室に集められた炎の運び手男衆は、何が始まるのかと、落ち着きなく辺りを窺っている。
全員が集まったところで、ナディールが話し始めた。
「皆さん、これから何をするのか、大方見当がついていると思います。そうです。ロミオ決定戦です!」
ナディールは、芝居がかった仕草で言い切った。
集められた者は、戸惑って怪訝な顔をしている。
しかし何も言わずに、ナディールの次の言葉を待つ。
「ですが、ジュリエット役が誰かによって、やりたくないとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。そこで、アンケートを集計した結果を発表致します」
ざわ……と、周囲が色めき立った。
ナディールはしつこいぐらい焦らす。
「ジュリエット役は……」
全員が、期待をこめた眼差しでナディールを見つめる。
自分が推薦した人物がジュリエット役であることを祈って、跪く者までいる。
「……我らが炎の英雄、ヒューゴ殿です!」
シーザー以外の全員が、歓喜して飛び上がった。
シーザーの心境はひどく複雑だ。
やはり、ジュリエットはヒューゴになってしまった。ナディールが、ロミオは男がやらなければつまらないと言ったのは、こういうことだったのだ。
しかし、この勝負を勝ち抜いてロミオ役になれば問題はないのだ。
「では、早速勝負の内容を説明致しましょう。ロミオと言えば主役ですので、それなりの演技力が求められます。そこで、皆さんには演技をして頂きます」
オーディションというわけだ。
シーザーは演技に自信はないが、やるしかない。
「ですが、普通のオーディションでは面白くありません。ロミオはジュリエットの恋人ですから、ヒューゴ殿と相性のいい方でなくてはなりません」
また、周囲が騒ついた。
ヒューゴとの相性など、どうやって調べるのか。まさか星占いなどではないだろう。
一体どのようにしてわかるのか。
「私達にはヒューゴ殿との相性などわかりません。ですから本人に直接判断して頂きます」
おぉーっと、男達は沸き立った。
だが、ヒューゴがこの人は好きだとか嫌いだとか、そんなことを言うはずがない。
まだ勝負の仕方がはっきりしない。
「皆さんには、ヒューゴ殿をジュリエットだと思って頂き、愛の睦言を囁いて頂きます。ヒューゴ殿の心拍数を最も多くした方を優勝と致します」
うおぉーっと、先程よりも激しい歓声がおこった。
これならば、シーザーは優勝できる自信がある。
「では、早速始めます。人数が多いですので、整理券をお配りします。そこに書いてある時間に酒場にいらして下さい。台詞はご自分で考えて頂きます。
最初の方の方は考える時間が少ないですので、それは考慮致します」
シーザーが受け取った紙には、夕方ぐらいの時間が書かれていた。
それまで部屋で台詞を考えていることにした。
ヒューゴがときめくようなことを言えばいいのだが、そんなことはなかなか思い付かない。
何を言っても、それなりに喜んでくれそうだ。逆に言えば、ちょっとやそっとではときめいてくれない。
単純に、愛してる?
それとも、クサい台詞でも言ってみるか。おぉ……僕の小鳥よ、僕のためだけに鳴いておくれ。
……吹き出されそうだ。
名前を呼んでみようか。
それぐらいではあまりときめかないだろう。
やはり単純に愛してる。好きだ。がいいだろうか。これにもう一言加えれば完成だ。
おそらくほぼ全員がその手でいくだろう。下手に工作せずに、真正面から勝負を挑もうか。
気の利いた言葉でなくても、シーザーだというだけで基準点が高いから、おそらく大丈夫ではないだろうか。
台詞も決まって、後は時間を潰すだけだ。
「次の方、どうぞ」
酒場の中から、ナディールの声が聞こえた。
酒場を貸し切ってオーディションをしているようだ。
中に入ると、ナディールが座っていて、その奥に布が張ってあり様子が見えない。
おそらくそこにヒューゴがいるのだろう。
顔を見せて先入観にとらわれないようにするためだ。
「布が張ってあるのでお分かりでしょうが、ヒューゴ殿に触れることは反則です。言葉のみで勝負してください」
シーザーは頷いた。
少し、布に近付いて、一つ深呼吸をする。
じっと布を見つめる。
この裏側にヒューゴが居るのだと思うと、胸が高鳴った。
シーザーの胸が高鳴っても仕方無いのだが。
「……ヒューゴ」
感情を抑えずに、素直に声を発したら、予想以上に感情がこもってしまった。
切ないような、嬉しいような、寂しいような、愛おしむような、艶のあるような……。
自分で恥ずかしくなって、顔が熱くなった。
「ヒューゴ……」
「シ……っ」
もう一度名前を呼ぶと、布の向こう側から小さく声が聞こえた。
シーザーの名前を呼ぼうとしたのだろうが、会話はしてはならないことになっているのだろう。だが、その気持ちが嬉しい。
「……愛してる」
いろいろと考えて台詞を決めたはずだったが、口からは自然に言葉が零れ落ちた。
「……ありがとうございました。では結果は後程お伝え致します」
ナディールの存在など忘れて、布越しに二人は見つめ合っていたが、声をかけられてはっと我に返った。
「あ、あぁ……もう出ていいのか?」
「はい。今日の夜、また会議室で集会を開いて結果をご報告しますので」
「わかった」
そう言ってシーザーは酒場を出た。
扉を閉め、背を預けて額に手を当てた。
「ナディールが何も言わないまんまだったら、ヤバかったな……」
どうなっていたか、想像もつかない。
ただのオーディションなのに、あんなことになるとは思わなかった。
「次の方、どうぞ」
反対側の扉から、人が入って行った。
誰なのかはわからない。
とにかく、これでシーザーのロミオ役決定はほぼ確実だろう。
「皆さん、オーディションご苦労様でした。では、ロミオ役を発表致します」
夜、会議室にもう一度集められて、ナディールの話が始まった。
その場の空気が張り詰める。
「ロミオ役は……シーザー殿です!」
その場の全員の視線が、シーザーに集中した。
ただの好奇の眼差しだけでなく、悪意のこもった眼差しもある。
シーザーは少したじろいだが、へらっと引きつった笑みを浮かべた。
「ど、どぉも〜……」
なんでこいつが?
そう思っているのが、ひしひしと伝わってきた。
「では、公演は七日後です」
その言葉で、集会は終了となった。
シーザーも部屋を出た。ただし、向かうのは自室ではなく、ヒューゴの部屋だ。
「ヒューゴ」
シーザーが声を掛けながら扉を叩くと、しばらくの間の後、小さく扉が開かれた。
シーザーは扉を手で押して大きく開けた。扉の前にはヒューゴが立っている。
部屋に入って扉を閉めた。
「ロミオ役、俺だから」
シーザーが言うと、どことなく不安そうだったヒューゴの顔が輝いた。
「嬉しいか?」
「別に?」
そんな顔で言われても全く信憑性がない。
「そうか。俺じゃなくてもよかったんだな。けど、俺に一番ドキドキしたんだろ?」
「あ、あれは……だって……」
ヒューゴは困った顔をしておろおろしている。
「いいよ、わかってるから」
シーザーはヒューゴを抱き締めながら言った。
ヒューゴはおとなしくシーザーの腕の中に収まる。
「シーザー変な声出すんだもん」
「変な声とは失礼なやつだな」
「だって……アレ……その……ヤ……ってる時の声みたいで……」
シーザーは一瞬きょとんとした。
しかし、すぐに口の端を吊り上げて言う。
「思い出してドキドキしたのか?俺にヤられてるの思い出した?」
ヒューゴは赤くなって俯いた。
「したくなっちゃったか?ココ、たったんじゃねぇの?」
シーザーがヒューゴの股間を撫でながら言うと、ヒューゴはビクッと震えてシーザーから離れた。
シーザーもあっさり腕を解いてヒューゴを解放する。
「たってなんか……!」
「……ふーん」
シーザーはゆっくりヒューゴに近付き、耳元に口を寄せて囁く。
「……ヒューゴ」
熱っぽく、様々なものを込めて囁いた。
ヒューゴの体が震えたのがわかった。
「ほら、ちょっと固くなった」
「や……!」
シーザーは意地の悪い笑みを浮かべてヒューゴを見下ろす。
「……まいいや。お前が俺を好きだってのはよくわかってるから」
そう言うと、シーザーはヒューゴに軽くキスをして離れた。
「じゃ、おやすみ」
「あっ、待って!」
シーザーが自室に戻ろうとすると、ヒューゴはシーザーを引き止めた。
「どした?」
「……して、いいよ」
ヒューゴはじっとシーザーを見つめながら、小さな声でそう言った。
シーザーは凶悪な笑顔を作ると、ヒューゴに言う。
「自分がヤりたいんだろ?素直にそう言えよ」
ヒューゴは微かに眉を顰めると、軽くシーザーの腹を拳で殴った。
「そんなのどうでもいいから、早くしてよ。オレの気が変わらないうちに」
「へいへい」
シーザーはヒューゴを抱き上げると、ベッドの上に下ろした。
「俺のこと、好きか?」
「……訊かなくてもわかってるって言ってたじゃないか」
「お前の口から聞きたい」
「……本当のことって、一番言いにくいんだよ?」
シーザーは微笑むと、ヒューゴに口付けた。

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