その日、シーザーは、昨夜から隣りで眠っているヒューゴのうなされる声で、目が覚めた。
「ヒューゴ、どうした?」
「ん…あ、シーザー…?」
ヒューゴは、目を覚ますと、突然、シーザーに抱き付いた。
「ヒューゴ…どうした?夢でも見たか?」
「シーザー、今日はどこにも行かないで。ずっと一緒にいて!」
ヒューゴの声は、ただわがままを言っているようなものではなく、本気だった。
「俺もそうしたいのはやまやまだけどな、そうもいかないだろ?」
「だめ!お願いだから…今日だけは…!」
「…本当にどうしたんだ?なんでそんなに俺を行かせたくないんだ?」
ヒューゴは俯いて答えない。
言いたくない、と言うよりは、本人にもわからない、という風体だ。
「…じゃあ、常に一緒にいれば、どこにも行かないのと同じだろ?」
ヒューゴは小さくうなずいた。
とりあえず、気分転換に行こうとシーザーが提案したら、ヒューゴが森に行きたいと言うので、近くの森に来た。
その時、ヒューゴが急に立ち止まった。
「あ!ごめん、ちょっと部屋に行かなきゃ。一緒に来て」
「どうしたんだ?」
「や、ちょっと忘れ物」
「じゃあ、待ってるよ」
「だめ!一緒にいるって言っただろ?!」
「あ〜…ちょっとしたいことがあるんだよ」
ヒューゴは、ぶーっとふくれてシーザーをにらんだ。
「…戻ってきてからじゃダメなのか?」
「ああ。今したいんだ」
「…じゃあ、シーザーの用事が済んでから行く」
ヒューゴはなかなか引き下がらない。
だが、シーザーも負けずに反論する。
「できれば、一人でしたいんだけどな〜」
「…わかった。なにかあったら、呼んでよ」
「わかったよ」
シーザーは、ヒューゴを見送ると、後ろを振り向いた。
「…出て来いよ」
シーザーが木の影に向かって声をかけると、人影が現れた。
その人影が、シーザーに向かって何かを投げつける。
シーザーは、それをなんとかかわした。
背後で、カッという、刃物が刺さる音がした。
「お前ら…!」
そこにいたのは、5、6人のカラヤの戦士だ。
今シーザーに何かを投げたのは、彼らと考えて間違いないだろう。
しかし、なぜ?
…いや、そんなことを今考えても仕方無い。
理由はどうであれ、今、身が危険に晒されているのは事実だ。
戦士がシーザーに向かって突進してくる。
あちらは剣を持っているが、こちらの武器と言えば、ナイフぐらいしかない。
シーザーは、それを懐から取り出すと、カラヤの戦士の攻撃を全てかわし、最後にかわした戦士の後頭部を手刀でなぐりつけた。
戦士がドサッと地に伏す。
どうやら、暗殺者ではあるらしいが、礼儀正しいのか、本気で殺す気がないのか、決して背後から襲ったり、全員で一気に襲いかかったりはしなかった。
「お前ら、なんなんだ?」
シーザーは、足下に倒れている戦士の剣をとりながら、質問したが、戦士達は答えない。
暗殺?
わからない。
理由がはっきりしない。
また戦士が襲いかかってくる。
シーザーは、その攻撃を奪った剣で受け止めた。
ギン…と鈍い音が響く。
「なぜ、俺を襲う?なぜ、本気で殺そうとしない?」
やはり、返答はない。
シーザーは、一度戦士から離れた。
また、戦士は向かってくる。
なるべくなら殺したくない。
が、シーザーも自分の身をなんとか守るぐらいなら戦えるが、彼らの方が実戦経験も多く、圧倒的に有利だ。
気絶させるだけで止める余裕があるだろうか?
一人目のように、これからはうまくはいかないかもしれない。
しかし、彼らは本気でシーザーを殺そうとはしていないように思う。つまり、本気の力で戦ってはいない。
それなら、まだ望みはある。
向かってきた戦士の剣をよけて、剣の柄で後頭部を殴る。
戦士が倒れる。
あと、3人。
また戦士が向かってくる。
シーザーは、また戦士の攻撃をよけるが、よけきれずに肩が切れた。
また、後頭部を殴って気を失わせる。
あと、2人。
いける…そうシーザーが思った時、戦士の後ろの木から、さらに人影が現れた。
シーザーは、その人影を凝視して、しばらく立っていたが、あきらめた様に剣を落とした。
「ヒューゴ……お前もか…」
ヒューゴまでいるならば、自分はもう必要ない…いや、いてはならない存在なのだろう。
シーザーは愛し合っていると思っていたが、それはシーザーの一方的な想いだったのか…。幻想にすぎなかったのか…。
ヒューゴがゆっくりとシーザーに近付く。
この森に来ようと言ったのは、ヒューゴだった。
…こういうことだったのか。
ただ、気になることがある。
朝、なぜあんなにシーザーを引き止めた?
森でシーザーと二人きりになって、どうしてすぐ殺さなかった?
なぜわざわざカラヤの戦士に襲わせてから、自分がでてきた?
そもそも、なぜシーザーを殺そうとする?
…わからない。わからないが、もう、どうでもいいことだ。
ヒューゴがシーザーの目の前に立ち、剣をシーザーの胸に突き刺すために、持ち直した。
そして、腕を振り上げた時、シーザーがヒューゴの剣を振り上げている方の腕をつかんだ。
「…やっぱり、お前はヒューゴじゃない」
シーザーは、ヒューゴの目を真っ直ぐ見る。
その目は、あの、鮮やかな翠色ではなく、どこか曇っていた。
「ヒューゴの首には、俺が昨日つけた印があるはずだ」
目の前のヒューゴは表情も変えず、ただ立っている。
「そうだよな、ヒューゴ?」
シーザーがそう言うのと同時に、残りのカラヤの戦士達が倒れた。
「うるさい!この頭ん中ピンク色軍師!!」
「…ちょっとゴロ悪くねぇか?」
「…本当のことじゃないか」
「おぉ、よくわかってんじゃん?俺の頭ん中はヒューゴでいっぱいだぜ?」
ヒューゴは怒りのためか、恥ずかしさのためか、真っ赤になってシーザーをにらんだ。
「まぁまぁ、そう照れるなって。とりあえず、こいつら、どうする?」
シーザーが手を掴んでいる方のヒューゴは、まだ何も反応せず、立っているだけだ。
「…そいつ、本当に人間なの?」
「どうだろうな。ヒューゴでないことだけは確かだけどな」
シーザーは、偽ヒューゴの剣をとるために、ヒューゴの手を掴んでいる方とは逆の手、右手を伸ばした。
が、シーザーの手が触れる直前、偽ヒューゴは忽然と消えた。
「…逃げたか」
偽ヒューゴと一緒に、カラヤの戦士達も消えた。
「…あいつら、カラヤを襲った連中の手先かな?」
「…たぶんな」
だが、やはり理由がわからない。
シーザーを殺せば、この軍の軍師はいなくなるわけだが、代わりなど、いくらでもいる。それよりも優先することがあるはずだ。
「早く、シンダルの遺跡に行って、決着つけなきゃね」
ヒューゴの言葉を聞くと、偽ヒューゴが消えた後の地面を見ていたシーザーは、顔をあげ、ヒューゴの顔を見た。
「…お前、誰からその情報聞いた?」
「え…」
「まだ、俺も知らないんだけどな」
シーザーも知らない情報を、ヒューゴが知るはずがない。
「…墓穴を掘りましたね」
そう言うと、ヒューゴの体から光が溢れ出した。
そして、光が消えた後に立っていたのは、セラだ。
「…何をしにきた」
シーザーが低い声で訊くと、セラは表情を変えずに答えた。
「貴方にお話しする事はありません」
そう言って、セラはその場を去ろうとしたが、シーザーが呼び止めた。
「…待てよ。何が目的だ?何故俺を殺そうとした?」
「貴方にお話しすることは無いと言ったでしょう?…そうですね、一つだけ言っておきます。私たちの目的は、真の紋章のみです」
セラは、その場から消えた。
セラがわざわざ付け足した、最後の一言。
一体、どういう意味なのか。
真の紋章と言えば、ヒューゴ、クリス、ゲドがまず思い付くが…。
「…っくそ!ヒューゴ!」
シーザーは、城に向かって走り出した。
まずはヒューゴの部屋へ。
しかし、予想どおり、ヒューゴはそこにいなかった。
「ヒューゴ!どこだ?!」
訊いても、返事が返ってくるはずがない。
…ヒューゴはさらわれたのだ。
「クリスと、ゲドは?!」
シーザーが、近くにいたトーマスを捕まえて尋ねると、トーマスは、シーザーの激しい剣幕に面食らったように、一瞬ビクッとして、答えた。
「え、え〜と、お二人なら、確か、図書館に…」
シーザーは、それをきくと同時に図書館に向かって、駆け出した。
扉を勢いよく開けた。そこでは、クリスとゲドが話し合っていたが、シーザーが入ってくると、驚いたようにシーザーを見た。
「…いるな」
シーザーがつぶやくと、二人は不思議そうにシーザーを見る。
相手が偽者ではないと確認しなかったのは、無意味だからだ。
あちらも、偽ヒューゴを送り込んだ後に、こちらが警戒することぐらいわかっているはずだ。
ならば、同じ手は使わないだろう。使ったとしても、見破れないようにしているはずだ。
「シーザー、どうした?」
ゲドが尋ねると、シーザーは少し考え、答えた。
「今、ヒューゴがさらわれた」
「なんだと?」
「さらったのは、破壊者だ」
クリスとゲドは、呆然と、黙り込んだ。
「あちらは、シンダルの遺跡にいるらしい。といっても、遺跡はたくさんある。どの遺跡かはわからないけどな」
その時、また、図書館に人が入ってきた。
ナッシュだ。
「シーザー、敵がどこにいるのかわかった」
「シンダルの遺跡だろ?どこにあるのかわかってるのか?」
「なんだ、知ってたのか。どこにあるのかもわかってる」
「その情報、信憑性は?」
「あんたのよく知る男からの情報だよ」
「…いいだろう。主要人物を会議室に集めてくれ」
シーザーがそう言うと、クリス、ゲド、ナッシュの三人は、図書館から出て行った。
シーザーは、一人、その場に残ったが、壁を一度殴り付けると、前をにらみ、憎々しげにある人物の名をつぶやいた。
「…アルベルト…!!」
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