「シーザー、ちょっといい?」
あの戦いが終わってから、ビュッデヒュッケ城は、かつての炎の運び手のメンバーが暇になれば来る、集会場のようなものになっていた。
シーザーやヒューゴもたまに訪れるわけだが、シーザーはヒューゴと最近距離をおいていた。
その理由を訊こうと、ヒューゴはシーザーがビュッデヒュッケ城に来るまで待って、今、訊いてみたわけだが…。
「悪いけど、今忙しいんだ」
「あ…そっか…。ごめん、邪魔して」
いつも、この調子だった。
拒絶されているとしか思えない。
けれど、ヒューゴはシーザーを怒らせたり、嫌われるようなことはした覚えがない。
人の感情など簡単にわかるものではないから、言い切れるわけではないが。
ヒューゴはとぼとぼと歩き出した。
冷たくされているだけでもつらいのに、嫌な噂を聞いた。
シーザーとクリスが、恋人同士であるという。
ヒューゴは、シーザーがクリスといる場面を見たわけではないから、真実はわからないが。
しかし、火のないところに煙はたたぬと言う。
あの噂の中に、幾分かの真実は紛れ込んでいるのだろう。
ヒューゴは、宿の自分の部屋に戻った。
「全然…わかんないよ…」
ベッドに入って、涙を流しながら、ヒューゴは呟いた。
ふと窓の外を見ると、もう真っ暗だった。
そんなに長い間泣いていたのだ。
ヒューゴは、意を決した様に立ち上がると、涙を乱暴に拭って外に出た。
今度は、シーザーに何がなんでも話を聞くつもりだった。
今は忙しいと言われれば、都合のいい時をきく。
それでも拒絶されれば、話を聞かなくてもどういうことなのか、わかる。
シーザーがいつも居るのは、以前使っていた部屋だ。
今も誰も使っていないので、そのまま使っているようだ。
こんな時間だから、必ず部屋に戻っているだろうし、他の人もいないだろうと考え、ヒューゴはノックをせずに扉を開けた。
中を見て、ヒューゴは目を見開き、そのまましばらく動かなかった。
「何か用か?」
シーザーがヒューゴに声をかける。
冗談だと、思いたかった。
部屋に居たのは、シーザーと…クリスだ。
シーザーは壁にクリスを押しつけている。
あの格好は、以前自分がよくやられた格好ではなかったか?
「用が無いなら、出てってくれないか?」
シーザーの声に、ヒューゴはビクッと肩を震わせた。
「あ、そ、そうだよね。ごめん」
笑顔でそう答えると、ヒューゴは扉を閉めた。
また宿に戻り、扉を閉めて、ズルズルとしゃがみ込むと、大声で泣いた。

* * *

次の日、シーザーはヒューゴに見せびらかすように、クリスと常に行動していた。
それを見る度、ヒューゴの心は悲鳴をあげたが、ひたすら我慢した。
カラヤに帰ろうかとも思ったが、シーザーに言いたいことがあった。
「シーザー、夜、時間あけといて」
シーザーが一人になったのを見計らって、ヒューゴはシーザーに話しかけた。
依頼ではなく、命令に近い口調だ。
「…わかった」
シーザーは、ヒューゴを見ようともしないで答えた。
ヒューゴはシーザーの返事を聞くと、すぐにその場を立ち去った。
夜まで待って、シーザーの部屋に向かう。
ノックをして入ると、シーザーは机で本を読んでいた。
「で、何だ?」
本から目を上げずに、シーザーは言った。
「クリスさんと、付き合ってるの?」
「まぁ、そうだな」
「オレのことは、嫌いになったってこと?」
シーザーは答えない。
「…オレは、シーザーを好きだよ。でも、それはオレの一方的な気持ちだから、クリスさんとのことは、何も言わない」
シーザーは、反応しない。
しかし、ヒューゴは気付いているだろうか?シーザーはヒューゴが入って来てから、ページをめくっていない。
「ただ、オレみたいにクリスさんを、悲しませないでね」
ヒューゴは、それだけ言って、部屋から出た。
扉を閉めると、我慢していた涙が、堰を切ったように溢れ出した。
───好きな人の幸せ願えるほど、キレイな心を持たなきゃ……───
ヒューゴは、唇を噛み締めて、声をもらさないようにした。

* * *

そのまま歩いて、近くの森まで来た。
夜の森の危険性は、知っていたが、今はこのまま死んでもいいと思った。
その時、周囲の草むらが、ガサガサと激しく音をたてた。
何かがそこにいるのはわかったが、ヒューゴはそこを見ているだけだ。
身構えようとも、逃げようともしない。
「ヒューゴ!」
誰かが、自分の名前を呼んだ。
その直後に、体に衝撃が走った。
突き飛ばされて、倒れたのだということに気付くのに、しばし時を要した。
後ろを振り替えると、シーザーがいる。
シーザーが大きな狼に襲われている。
なんでシーザーがこんなところに?
なんでシーザーは嫌いなはずのオレを助けた?
幾つもの疑問が一気に頭の中を駆け巡ったが、そんなことよりも。
(シーザーを助けなくちゃ…!)
ヒューゴは剣を抜いて、シーザーに駆け寄ろうとした。
「バカ!来るな!狼が単独で行動するか?!囲まれる前に早く逃げろ!今なら、まだ仲間は集まっていないはずだ!行け!」
「嫌だ!」
ヒューゴはシーザーに向かって駆け出した。
シーザーの上に乗っかっている狼を、剣でなぎ払う。
狼は一撃で絶命した。
「来るなって言っただろ?!それに、こんな時間に森に入ったらこうなることぐらいわかってただろ?!」
「好きな人を護りたいのは、当然だろ?!シーザーこそ、なんでこんなとこにいるんだよ?!」
「それは…」
シーザーが言い淀んでいると、大量の狼が現れた。
おそらく、先程の狼の仲間だろう。
「完全に囲まれたな…」
「シーザーは、オレが護ってみせる…!」
シーザーが呟いたことも気にせず、ヒューゴは襲いかかってきた狼達を、次々と倒していく。
しかし、一向に数が減った様には見えない。
それでも、ヒューゴは諦めずに戦い続ける。
「くっそ…何か無いか?!何か…」
武器を持っていないシーザーは、ヒューゴに護られるしかないのだが、この場を切り抜ける策がないか、必死で考えていた。
自分が囮になるか?
…これだけの数では意味がない。
木に登るか?
…そんなことをしている時間はない。万が一登れたとしても、この狼が木を登れたとしたら、逃げ道がなくなる。
ヒューゴの紋章は使えないか?
…無理だろう。今まで使っていないということは、呪文の詠唱が間に合わないのだろう。シーザーが詠唱の間、代わりに戦っても、シーザーでは時間稼ぎにはならない。
策など、ありはしないのだ。
ただ、血路を開くしかない。
こういう緊急の事態に役に立たない自分が、不甲斐なかった。
ヒューゴは、戦い続けているが、やはりまだ数はあまり減っていない。
しかし、狼達は適わない相手だと察したのか、積極的に襲ってこなくなった。
シーザーの目に、あるものが飛び込んだ。
ヒューゴの腿あたりにある、短剣だ。
「ヒューゴ、それ貸せ!」
「えっ?!ちょっ…」
素早くそれを引き抜くと、シーザーは構えた。
画期的な解決にはならないが、多少は楽になるはずだ。
「使えるの?」
「失礼なやつだな…。俺だって狼ぐらいなら倒せるさ。…たぶん…」
剣など握ったこともないし、虫以外の動物を自分の手で殺したこともないが、何もしないよりはマシだろう。
ヒューゴの邪魔にはならないつもりだ。
狼が、シーザーに向かってくる。
タイミングを見計らって、剣を横に薙ぐ。
血が、シーザーの顔にかかった。
よく研がれている剣は、シーザーの力でも狼を倒せた。
「シーザー、オレから離れないでね」
「わかってる」
シーザーも、ヒューゴも息があがっている。
それでも、戦い続けるしかなかった。
「…フーバー?」
ヒューゴが狼をなぎ払い、そう言って空を見上げると、本当にフーバーが降りてきた。
フーバーは、狼の群れに突っ込んで行った。
当然、狼はフーバーに襲いかかるが、それを物ともせずにフーバーは狼を蹴散らす。
だいぶ数が減ると、狼達は逃げ出した。
「フーバー!オレを助けに来てくれたのか?」
「キュイイイィィン!」
ヒューゴはフーバーに駆け寄って、抱き付いた。
傷だらけではあるが、平気な顔をしている。
「よくここにいるってわかったな」
フーバーはヒューゴに顔をすり寄せた。
ヒューゴもシーザーも傷だらけだが、こちらも歩けないほどではない。
シーザーは、地面に座った。
「…なんでオレを助けたの?」
ヒューゴは、フーバーの首に顔をうずめたまま、訊いた。
「目の前で襲われているやつがいたら、普通は助けるだろ」
「自分の命をかけて?」
「あれは…突然だったから、自分がどうなるかなんて考える暇がなかっただけだ」
「じゃあ、そもそもなんでここに居るの?」
「別に…ちょっと外の空気を吸いたくなっただけ…」
「嘘だ」
ヒューゴは、シーザーの方に向いた。
「シーザー、さっき自分でオレに、こんな時間に森に入ったらどうなるかわかってるはずだって言ったよね?」
「………」
「クリスさんのことも、嘘だろ?」
「ちが…」
「じゃあ、オレのことが嫌いになったって、ちゃんと言ってよ」
ヒューゴは、まっすぐシーザーを見つめる。
シーザーも、それを正面から受け止める。
「…嫌いだ。俺は、お前なんか、嫌いだ」
「本当に?」
「本当だ」
ヒューゴは、なんとも言えない顔で微笑み、シーザーの足の間で膝立ちになると、頭を抱き締めた。
「じゃあ、どうしてそんなに泣きそうな顔してるの?」
シーザーは、その言葉に衝撃を受けたようにしばらく動かなかった。
「…そんなことない。放せよ…俺は、お前なんか嫌いだ。触るな」
ヒューゴは、一度腕を解き、シーザーの頬を両手で包んで見つめた。
「どうしてそんなに嘘ばかり言うの?」
「嘘じゃないって…言って…」
シーザーは、潤んできた瞳を隠すように、俯いた。
「本当のこと、教えてよ」
シーザーは、観念したように、ぽつぽつと真実を話し始めた。
「…ヒューゴ…お前は、真の紋章を持ってるから、年をとることはない。けど、俺はこのまま成長して、年をとって、そして…死ぬ。それを…見せたくなかった。お前がその後どうなるか、わかってたから…。ただ会わなくするだけだったら、俺が死んだのと状況は変わらないし、諦めてもらうしか…」
「…クリスさんのことは?」
「協力してもらっただけだ。…お前を傷つけたことはわかってる。どんなことでもして償う」
「…そう簡単には許せないよ。オレのためだったとはいえ。死ぬまで償い続けてもらわなきゃ」
シーザーは、俯いたまま顔を上げない。
「一生、オレの側から離れないで」
一生をかけて償うべき罪。
これから先、ずっと癒されないほどの傷。
その代償は、永遠の幸福。
「…ねぇ、シーザー、形あるものがいつか必ず滅んでしまうのは、自然の摂理だよ。だから、オレもシーザーも、いつか必ず肉体が滅んでしまう」
シーザーは、ただ黙って聞いている。
「けどさ、逆に言えば、形のないものは、不滅でしょ?オレ達のこの気持ちも、思い出も、全部永遠のもの。そうじゃない?」
シーザーは、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、ヒューゴの優しい微笑みがあって…。
シーザーは、ヒューゴに抱き付いて、泣き始めた。
「ごめん…な、ヒューゴ…ごめん…ごめん…」
「シーザー、つらかったよね。わかってるよ。だから、謝らないで」
「ぅ…っ…く…ヒュー…ゴ…っ!」
ヒューゴは、ずっと、シーザーを抱き締めていた。

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