「……あ〜ぁ。これからどうすんだ?」
シーザーは欠伸を噛み殺しながら言った。
その声が掛けられた相手はヒューゴだ。
アルマ・キナンへ向かうクプトの森で、彼らは仲間とはぐれてしまった。この不可思議な森は、天然、時には人工の迷路だ。
どうすると言われても、ヒューゴにわかるはずもない。とりあえずアルマ・キナンを目指して歩いているはずなのだが……。
ここには強力なモンスターも現れる。なるべく早く仲間と合流しなければならなかった。
「歩くしか、ないだろ?」
「んまぁ……そうだけどな……」
仲間とはぐれたと気付いた当初は、ヒューゴと二人きりだとシーザーも浮かれていたが、長い間歩き続けて、同じような深い緑を見ているうちに疲れてしまった。
その緑も、最初のうちは美しい景色で、眺めて歩くのも楽しかった。木々の間を潜り抜けてきた淡い光が降り注ぎ、幻想的だ。
その光に包まれたヒューゴは、さながら森の妖精のようで……。しかしやはりヒューゴには草原が似合う。
草原を自由に駆け抜ける風の精だろうか、などと馬鹿なことを考える余裕もあったわけだ。
だが体力の無いシーザーが、そう長く保つはずもなかった。
それでも、ヒューゴと二人だけなのだと思うと少し体力が回復する気がする。
「なぁ、ヒューゴ」
「なに?」
先を歩くヒューゴは、振り向かずに答える。立ち止まって話を聞く暇は無い。
それはわかっているが、自分になど興味が無いと言われているようで、なんとなく悔しい。
「そんなに急ぐことも無いだろ?せっかく二人なんだし」
「何言ってんだよ。早くみんなと合流しなきゃ」
デートの誘いを即座に断られてしまった。
結果はわかりきっていたが……やはりなんとなく悔しい。
せめて、と思い、シーザーはヒューゴの手を握った。
驚いてヒューゴは立ち止まる。
「な……?!」
「これぐらい、良いだろ?誰かが見てるわけでもないし」
ヒューゴは何かを言おうとシーザーを見上げたが、言葉が見つからないらしく、微かに頬を染めてまた歩きだした。
シーザーが更に大胆に指を絡めると、ヒューゴは僅かに力を込めてシーザーの手を握った。
じんわりと嬉しさと愛しさと幸福が心を満たす。
本来ならば肩を抱いて歩きたいのだが、万が一敵に襲われたとしたら、反応が遅れてしまう。今握っている手も、剣を扱う手とは逆の、左手だ。
じっくりと恋人気分を味わえる場所は無いのかと、シーザーは溜め息をついた。
「……?」
ヒューゴが怪訝な、しかし気遣う色も交えた表情でシーザーを見た。
考えていたことを正直に言うと、ヒューゴは俯き、そうだね……と呟いた。
ヒューゴならば馬鹿の一言で終わらせると思っていたのだが、予想外だった。
ヒューゴも寂しく思っていたのだろうか。
突然、樹木が途絶えた。
「……あ、あっち崖だ。道間違えたみたいだね」
下を覗くと、碧の絨毯が広がっている。
「仕方無い……戻ろう」
振り返り、来た道を戻ろうとした。
が、振り向いて目に入ったのは、腕を振り上げた巨大なドラゴン。
とっさに、ヒューゴを庇うように抱き締めた。
「……っ!!」
背に衝撃と熱。一瞬遅れて激痛。
血が溢れ、皮膚を伝う感覚が非常に不快だ。
苦痛に意識が集中し、地を踏みしめることを忘れてズルズルと倒れた。地面に完全に伏して、自分が倒れたことに気が付いたが、また立ち上がる気力は無かった。
気を失うことができればどんなに楽だろうか。気絶をするほどに酷い傷でもないらしい。
「シ……ザ……?」
ヒューゴはドラゴンがいることなど、忘れてしまっているようだ。武器を構えようともしない。敵を見ようともしない。
シーザーの頭は妙に冴えていた。
ヒューゴがこの状態ならば、どうするべきなのか、しっかり考えている。
「あ……ぅあ……あ、あ……」
ヒューゴは頭を抱え、数歩後退さった。
崖から落ちてしまうのでは、と心配したところで立ち止まり、膝をつく。
その右手が、紅く輝きだした。
ドラゴンは、ヒューゴまでも襲おうと腕を再び振り上げた。
なんとかヒューゴを守ろうとして体を動かそうとするが、やはり動いてくれない。
いや、本能が近付いてはならないとわかっていたのかもしれない。
ドラゴンがヒューゴに触れた瞬間、その触れたはずの腕は、もう存在しなかった。
ヒューゴの身体が熱を発しているのだ。それはあまりに高温で、一瞬でドラゴンの腕は消えた。
ドラゴンが、苦痛の雄叫びをあげる。
そのけたたましい声さえも聞こえないのか。ヒューゴは変わらず、屈み込んでいる。
「ヒューゴ……?」
右手の紅が、更に鮮やかさを増した。
「ヒューゴ!!」
呼んだ時には、もう遅かった。
ヒューゴの体から炎が迸り、足下の草を灰にした。
紋章の暴走が、起ころうとしている。
「ぁ……あ……ぅああああぁぁ!!」
ヒューゴの叫びと共に、炎の勢いが増した。
その炎に呑まれて、ドラゴンは消滅した。
そうして近くにあるものは大抵燃えてしまったのに、シーザーの周りだけは炎が無かった。熱さも感じない。
シーザーだけは安全かもしれない。
では、この森は?
ここに棲む、数多くの動物達は?
アルマ・キナンの人々は?
自分のしたことを知ったヒューゴの心は?
完全に暴走してしまう前に、何としてでも止めなければならない。
顔をなんとか持ち上げ、ヒューゴを見た。
紅蓮の炎に囲まれ、その中央に座すヒューゴを見て、やはりヒューゴは炎の精だな。と思った。
そんな状況に似合わぬ考えはすぐに追い払い、ヒューゴの名を呼ぶ。
「ヒューゴ……」
呼び掛けても、反応は無い。
それでも、辛抱強く呼び続ける。
「ヒューゴ」
どことなく、ヒューゴの周りの空気が変わった。
「俺は生きてる……大丈夫だ。大丈夫だから……」
美しい瞳が、シーザーの姿を捉えた。
その瞳はすぐに閉じられ、ヒューゴは地面に倒れた。
炎も、それと同時に治まる。
はぐれた仲間が煙に気付き、こちらにそのうちに来るだろう。
シーザーはふっと息を吐いて体を起こし、ヒューゴの隣に座った。
視線を前に向け、また息を吐く。
「……や〜っぱりこうなるか……」
目の前には、モンスターの群れ。囲まれている。
煙は余計なモノにまで自分達の存在を知らせてしまったようだ。
シーザーは動けないし、ヒューゴも当然戦えない。背後は崖。
先頭に立つモンスターが、構えた。
シーザーは立ち上がってヒューゴを抱き上げた。力が入ったため、また背の傷から血が流れ出した。
モンスターが飛びかかって来た時、シーザーは後ろに跳んだ。
崖の方へと。

* * *

目を開けると、シーザーの腕の中にいた。
シーザーは傷だらけで、自分は無傷だ。
けれど胸に耳を当てると、鼓動は聞こえる。息もしている。
ひとまず安心し、状況を理解しようと周りを見回した。
まだ森の中のようだ。だが、自分が燃やしてしまったはずの木々が無い。
シーザーは場所を移動したのだろうか。
あの傷で?ヒューゴを抱いて?
背後を見た。
岩の壁がある。崖だ。
つまり、自分達は崖から落ちたのだろう。
シーザーはヒューゴを庇って、こんなに傷だらけになった。
木や草がクッションになって、衝撃が吸収された為なんとか死なずに済んだようではあるが……。
「ばかやろう……」
何故落ちたのかよくわからないが、背に深い傷を負っているのにヒューゴを庇うなど、馬鹿だ。
応急処置を、と思い、シーザーの服で自分の体に縛り付ける。
急がなければ、シーザーの命が危険かも知れない。
背の傷も、重傷とは言わなくとも深い傷だ。
だが、気ばかりが焦る。
軽いとは言え、人を背負って歩くのは体力を大幅に消耗する。
体力には自信があったが、しばらく歩いていると息が乱れてきた。
(どうしてこんなに疲れるんだろう・・・・)
汗が目に入りそうになり、慌てて瞬きをして汗を払った。
(あぁ・・そっか・・・・さっき紋章をあんなに無茶な使い方したから・・・・)
目の前が、霞んできた。
汗が目に入ってしまったのか、体力の限界なのか、霧が出てきたのか、何故なのかわからないし、考えたくもない。
ただ歩くことだけを考えた。
「シーザー・・・絶対、死なせたりしないからな・・・・」
辺りには、夜が訪れようとしていた。

* * *

やっとアルマ・キナンに着いたのは、夜中になってからだった。
村に入ると、ヒューゴに気付いた村人が駆け寄り、シーザーを受け取ろうとしたが、ヒューゴはそれを辞退した。
医者の所までたどり着くと、すぐに診てもらった。
結果は、きちんと手当てをすれば問題ないとのこと。
それを聞くと、ヒューゴは脱力して倒れてしまった。
慌てて医者が様子を見れば、可愛らしい寝息をたてて眠っていた。
ヒューゴは翌日目を覚ました。
極限まで身体を酷使したため、しばらくは安静にするようにと医者には言われたが、シーザーが心配でそんなことはしていられなかった。
医者が何度ベッドに戻らせても目を離すとシーザーの隣に戻っているので、仕方無くベッドを移動させて接着させた。
そうすると、ヒューゴは医者の言う通りベッドに潜った。
仲間達は、全員無事にこの村に着いていると言う。
それを聞いて、ヒューゴの胸に引っ掛かることが一つ減った。後はシーザーが目を覚ませば、それでもう心配なことは無い。
眠っている姿を見ると、生きているのかがわからなくなり、恐ろしいので布団の中で手を繋いでいることにした。こうすれば安心する。
時々、頬にも触れてみる。温もりを感じる度、安堵する。
そうしているうちに、ヒューゴは眠っていた。
シーザーが目を覚ましたのは、ヒューゴが眠ってしまっている間だ。
周りを見、アルマ・キナンに居るのだろうということはわかった。
隣ではヒューゴが眠っている。
ベッドが接しているのは、誰かが気を利かせたのかヒューゴの我が儘なのか・・・しばし考え、片手に感じるヒューゴの手の温もりに気付いてすぐに答えは出た。
ここまで運んだのは誰だろうか。
今のこの状況からだけでは判断できなかった。
誰かが来たら訊いてみることにした。
ヒューゴに握られていない方の手・・右手でヒューゴを抱こうとして、痛みに顔をしかめた。
腕が折れていることを思い出した。
これではヒューゴを抱き締めることも簡単にはできない。シーザーは溜め息を吐いた。
けれど、どうしても今ヒューゴを抱きたい。
きっと、お互い生きていることを確かめたいのだと思う。
そっと、ヒューゴの手を外そうと左手を動かした。
だが、離してくれない。
それどころか、もっと強く握ってくる。
(・・・しょうがない奴・・)
こんなに可愛いことをされてしまうと、少し、イタズラをしたくなる。
無理やり、左手を離させようとした。
「や・・・シ、ザ・・」
予想通り、ヒューゴは自分からシーザーに抱き付いてきた。
しっかりと抱いて、また安らかな寝息をたて始める。
その様に思わず微笑む。
目の前にある黄金の髪に口付け、シーザーも目を閉じた。

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