シーザーは、ヒューゴを捜していた。
特別な用事があるわけではないが、ただ会いたくなった。
先程からずっと捜しているのだが、見つからない。そこら辺にいる者を捕まえてヒューゴの行方を訊いても、全員口を揃えて知らぬと言う。
最後の頼みに、フーバーの元を訪れた。
「フーバー、ヒューゴどこだ?」
城の前で眠っていたフーバーは、シーザーが声を掛けると、片目を開けてシーザーを見た。そして首を上げると、動きを止める。
シーザーにはフーバーの行動の意味がわからず、首を傾げる。
フーバーは、急にシーザーの胸倉を嘴に挟んだ。
「うわっ!フーバー何すんだよ!」
フーバーは、シーザーが離れようともがいても無視し、頭を振って自分の背中に引き寄せた。
フーバーの柔らかい羽毛が、シーザーの顔をくすぐる。
シーザーには、フーバーが考えていることが全くわからない。乗れと言うのだろうか。
しかし、フーバーはヒューゴ以外乗せない。
「フーバー、俺にどうしろって言うんだ?」
フーバーは焦れたように羽をバサッと広げた。その羽でシーザーの背を押す。
やはり乗れという意味らしい。
シーザーはフーバーの背中に跨がる。
「…っと」
フーバーが立ち上がると大きく揺れたが、なんとか首にしがみついてやりすごした。
フーバーは軽く走った後、地を蹴って飛び立った。
地面が遠くなっていく。下を見ると目が回りそうだったので、シーザーはフーバーの首に必死で抱き付きいて、やわらかい羽に顔を埋めた。
「お、おい…フーバーどこ行くんだ?」
フーバーは答えない。
…答えられても、シーザーにはどうせわからないのだが。
城から離れるつもりはないらしく、旋回を繰り返して高度を上げていく。
城の屋根が目線と同じ高さになった頃、フーバーはやっと上昇をやめた。
屋根にゆっくりと近付くと、静かに舞い降りる。
シーザーはとりあえず屋根に下りた。
「ここにヒューゴがいるのか?」
フーバーは菫色の瞳で見つめてくる。
あとは自分で捜せということらしい。
だが、足場の悪い屋根の上をどうやって捜せというのか。
まずは歩かずに首を巡らせて捜す。遠くに、何かが見えた。
それに向かって慎重に足を進める。
少し近付くと、その「何か」が眠っているヒューゴだとわかった。
起こしてしまわないように、そっと近付く。
「…シーザーか」
隣に座ろうとした時、ヒューゴが口を開いた。
眠っていると思い込んでいたシーザーは、少し驚いた。
「なんだ。起きてたのか」
「うん」
ヒューゴは言いながら目を開けた。
「フーバーが連れて来てくれた?」
「あぁ。けど、なんであいつお前の側にいなかったんだ?いつもはいるのに」
ヒューゴは空を見つめたまま答える。
「オレが頼んだ。シーザーが捜してたら、連れて来てくれって」
「なんで俺がお前を捜すと思ったんだ?」
「なんとなく。シーザーが、今日は会いにくると思った。だから邪魔が入らないようにここで待ってたんだ」
ヒューゴにはシーザーの考えることなど、そんなに簡単にわかってしまうのだろうか。
軍師失格だな、とシーザーは心の中で呟いた。
ざあぁ…と風が吹き抜けた。
「待っててもらって悪いんだが、俺は別に目的があってお前に会いに来たわけじゃない」
「いいよ」
シーザーは、ヒューゴの隣に寝転がる。
目の前に広がるのは、蒼。どこまでも広がる蒼。
隣には愛しい人。心の底から愛している人。
言葉などなくても、こうして側に存在を感じるだけで幸福だった。
それを意識すると、胸の奥が締め付けられるように、愛しさが込み上げてきた。
これはヒューゴを抱き締めないと治まらないな、と思ったが、ヒューゴの反応は目に見えているのでなんとか押さえ込む。
頭に、何かを感じた。目だけを動かして見れば、ヒューゴが髪をいじっていた。
「…何してるんだ?」
ヒューゴは答えずに指先を動かし続ける。
シーザーも、心地よいのでされるがままになっていた。だが、ヒューゴのそんな些細な行動が、一度は押さえ込んだシーザーの欲望を掻き立てた。
シーザーは体を横に向け、ヒューゴの腰に腕を乗せた。とりあえずそれで自分を満足させる。
自然と、ヒューゴと向かい合う格好になり、目が合った。
シーザーが腰に腕を回しても、特に表情の変化は見られない。相変わらず髪をいじっている。
指先で絡めるだけだったのが、手全体で梳かすような動きになった。
「もっと…触っていい?」
シーザーが拒否する理由など、どこにあるのだろう。
当然、という表情を浮かべながら頷いた。
ヒューゴは表情を動かさないまま体を動かすと、シーザーに近寄った。そして、シーザーの胸に顔を埋めると体全体を密着させた。
髪を触るのだと思っていたシーザーは驚いたが、ヒューゴから近寄ってくるなど珍しいので、腰を少し強く抱き、空いている方の腕はヒューゴの頭を抱き締めて応えた。
目の前の金と黒の髪に顔を押しつけると、日の当たるところにずっといたせいか、太陽の匂いがした。
それに混ざってヒューゴ自身の香りもする。
シーザーには、それは甘い花の香りにも似た匂いに思える。そう感じるのは、おそらくシーザーがヒューゴを好きだからだ。
好きでなければ、愛していなければ、こんなに芳しいとは思わなかっただろう。
恋は病とよく言うが、うまい言葉だと思う。
この気持ちは、病気としか言い様がない。
その薬はヒューゴ。
そしてシーザーは服用のし過ぎで中毒。
もうヒューゴなしでは生きていけない。
腕の中の温もりを感じて、また中毒症状が重くなるのがわかった。
薬が足りない。
もっと薬を。
ここに。
シーザーはヒューゴを抱えながら仰向けになった。
ヒューゴの体重がその身にかかる。
これでヒューゴの総てを手に入れた。
片手は背中に、片手は頭に置かれている。
そのまま、ずっとそうしていた。
何かをする必要はなかったし、何もしたくはなかった。互いに互いがいればそれで十分だ。
幸せをここで使い過ぎて、後でツケがまわってきてほしくもない。
そうして空を眺めていたが、ヒューゴは眠ってしまったようだ。規則正しい息遣いが聞こえる。
すぅすぅと、安らかな顔をして眠るその姿は、シーザーだけのものだ。
そう。シーザーだけが見ることを許された。
自分から滅多に甘えてこないヒューゴだが、たまに見せる甘えた顔は最高にかわいい。
この目の前の顔も、それだ。
恋とは不思議なもので、人の表情一つまでこんなに変えてしまう。以前はヒューゴはこんな顔はしなかった。
それを引き出しているのはシーザーだ。
ふと、言葉が体の底から零れた。
「…愛してる。ヒューゴ」
愛を囁かれた想い人は、微かに微笑んだ気がした。
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