「景台輔は、天国と地獄がどんな所だか、ご存知ですか?」
幼い黒麒麟は、黄金の髪の青年に訊ねた。
暖かいよく晴れた昼下がり、二人は紫蓮宮で茶を呑みながら他愛もない話を続けていた。
紫蓮宮は、景麒が以前……まだ蓬山で暮らしていた頃に使っていた宮、そして泰麒が初めて景麒に“麒麟”を見せてもらった所。
麒麟は、泰麒が思っていたあの首の長いキリンとは全く違い、大層驚いた。
もっとずっと優雅で、気高く、光輝いて見えた。
自分もあんなに美しい獣に早くなりたいと常々思っているのだが……。
「天国と地獄……ですか」
「はい。何か、ご存知ですか?」
景麒はしばし視線をさまよわせ、そして泰麒の瞳で視線を止めた。
「そうですね……私が存じ上げているのは、神がおられて、苦痛や悲しみ等が無い楽園が天国、罪を償う為に常に苦行を強いられる所が地獄だということぐらいでしょうか」
泰麒が何故急にこのような話を始めたのか、よくわからないが、何か言いたいことがあるのだろうと思い、答えた。
泰麒は景麒の言を妙に神妙な面持ちで聞き、口を開いた。
「僕はこういう話を聞いたことがあります」
そこで泰麒は茶を少し口に含んだ。
景麒も同様にする。
「ご飯を食べる時、汁が一杯神様からもらえるのだそうです。それから、それを食べるための匙を一本。それはとても長くて、自分で汁を掬って飲むことはできないのだそうです」
一生懸命話す泰麒の顔を見ていると、ふと笑みを浮かべてしまう。
泰麒は大真面目に話しているのだから、口元をゆるめていては失礼かもしれないが、禁じることができなかった。
「地獄では、人々はその匙で何とか汁を掬って飲もうと頑張るのですが、どうしても飲めません。それで、地獄の人はいつもお腹を空かせているのだとか。
 では、天国の人は、どうやって汁を掬い、飲んでいるのでしょう」
謎かけのように、泰麒はしばし間を置いた。
景麒はその間じっと泰麒を見つめていた。
「天国では、その匙で、自分で汁を飲もうとはせず、誰かに飲ませてあげるそうです。匙で汁を掬い、誰かを救ってあげる。天国はこんな所なのだそうですよ」
「それは……天国とは、私が聞いていた場所よりも素晴らしい所だ」
泰麒はにっこりと微笑み、そしてすぐにまたその表情を変えた。
少し俯き加減に、悪戯を告白する子供の様な顔をする。
「おかあさんからの……受け売りなんですけど……」
「素敵なお母さまだ」
「……ありがとうございます」
また、泰麒は微笑みをこぼした。
景麒はこの、辺りに華を咲き乱れさせるような笑顔が好きだ。
泰麒の鋼の髪も。
円窓から射し込んだ光がその鋼で跳ね、何とも言えない色合いを作り出す。
それに思わず見惚れ、話の途中だったことを思い出して意識を引き戻した。
「……少し、外に出ませんか」
景麒が言うと、泰麒は気持ちのよい返答をくれた。

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