運命なんて、信じなかった。
自分の人生は、自分で道を探して歩くものだし、或いは道無き道を行かねばならない時もある。
シルバーバーグの家に生まれたから、そういう考え方になったのかもしれない。
軍略は、運命とは相反するものと言える。運命を信じていたら、そもそも軍師など必要無い。
けれど、運命を信じてみたくなったのは、あいつと出会ってからだった。
初めて会った時、こいつだ、と思った。俺は一生こいつに付いて行くんだと。
違う場面で再び出会って、また何かに引き合わせられたのだと感じた。つまり、一緒に居なければならないという啓示なのだろう。
この巡り合わせを運命以外にどう説明すればいいのか、俺は知らない。
ここで運命を感じたのは、俺の血だ。軍師の血が、彼を主だと騒ぎ立て、俺に知らせた。
そして俺は、ヒューゴの軍師になった。
* * *
朝議の後、シーザーは朝食を済ませたら大抵外を散歩する。するべきことは数多いが、そればかりをしているわけでもない。根を詰めすぎても、作業の精密さと速度が落ちるだけで何一つ良いことは無い。
疲れれば休む、というスタイルが普通だが、朝だけは必ず自由な時間にしてあった。朝は眠気で陸に頭が働かない。
普段は目的も無くただ歩き、ごくたまに人と話した。シーザーは、人付き合いは面倒で好かない。
だが本当にただ歩いているだけの朝の時間が、最近は違った。
シーザーとヒューゴは、立場上、側にいることが多かった。一緒にいることが多ければその分親交も深まり、自然私生活でも行動を共にする機会が増えた。
朝にただ一人ふらふらするだけでなくなったのは、そういう訳だ。
そうして、シーザーが自分の心の中に単純な友愛以外の感情を感じるまで、それ程時間は要しなかったのだった。
(俺は一体どうしたんだ……)
同性に恋心を抱くなんて。
最初はいきすぎた友情かと思っていた。それを恋と勘違いしている。そう言い聞かせた。
けれど、どうしようもなくヒューゴを独占したい、ヒューゴに独占されたいと願い、認めざるを得なかったのだ。
自分の心の内をヒューゴに吐露したことは無い。それが二人の間の距離を広げてしまうのでは、と怖かったからだ。
しかし行動を共にしてヒューゴを見ているうち、全く望みが無いわけでもないのでは、と思い始めた。シーザーの願望がそう見せるだけかもしれないのだが。
それでも、打ち明ける気は毛頭ない。
朝、シーザーが時間が空いている間一緒にいて、他にも隙間があればヒューゴを探しに行った。
のんびりと歩いて正面から城を回り込み、城の脇の森を抜けるとそこには平原があった。季節ごとに少しずつ表情を変え、人々の目を愉しませる。
ヒューゴはそこにいることが多かった。いつだったか、ヒューゴがここに案内してくれた。お気に入りの場所だと。
今は春の終わり目で、そこには花と緑が混在していた。だんだんと厳しくなってきた太陽の光を力強く跳ね返して、目に痛いほどである。
青々と広がる空は太陽を中心に据えて、雲で遮ることなく陽光を大地に与えた。
しばらく歩いていると、低い草の影に、碧の草とは明らかに異質な色彩が見えた。赤や茶、黒を基調としたそれは、横たわった人の形をしているようであった。
足音を立てるのを気にせず近付いて行くと、その人物は半身を起こして振り返った。目が合うと彼は明らかに表情を変えた。歓喜を表すようでもあり、同時に当惑も読み取れる。あからさまではなかったが、微かにとは言えない程度には変化があった。非常に微妙に表れた感情は、彼にとって隠したいものだったのだと解釈して、シーザーは気に止めないことにした。
「シーザーだ」
軽く微笑んだ表情を貼り付けて、ヒューゴはシーザーを見上げた。
薄い笑みを返しながら、シーザーは隣りに腰を下ろした。
特に話すことも無いから、黙って座っておく。ヒューゴの側にいれば、退屈は感じない。ヒューゴも、会話が無いことを気にした様子は無い。
双方何もせずただ碧の真ん中でじっとしていた。
「シーザー」
ん、と振り向くと、ヒューゴは不思議な表情をしてシーザーを見る。
照れを奥に秘め、しかし表面では悪戯を仕掛ける子供の顔を見せていた。
「ジョー軍曹が、変なこと言ってた」
「なんて?」
「……オレ達、いつも一緒にいて恋人みたいだって」
シーザーは瞠目してヒューゴを見返した。
先程おかしな表情をしたのは、このせいか。
「……へぇ」
「それだけ?」
「だって、俺達は違うんだからな」
言った自分が傷ついた。予想以上の鋭さを以て深く突き刺さる。
それをなるべく見せないように、言葉を続けた。
「それとも」
そこでヒューゴと鼻が触れ合いそうなほどに顔を寄せ、顎を捉えた。
初めて間近で見る両の眼の美しさに、吸い込まれる。
「……それとも、本当に恋人、やるか?」
唇が近い。ヒューゴの呼気が唇にかかって、近さを実感させる。
ヒューゴの表情はぼやけて見えないが、小さくない瞳が見開かれているのは何となくわかった。
勝機の可能性が見えないのに仕掛ける戦は無謀としか言い様が無い。シーザーが今しているのは、まさにそれだった。
無謀な賭けはしない、それを信条の一端にしてきたはずなのに。
「……」
長い沈黙。
誰かが言った。
冗談だ、と今笑って離れればまた元の二人に戻れる。
何を期待してか、また一方では離れるなと言う。いや、離れたくない、放したくない。もう少しこのままがいい。そんな単純な願望かもしれない。
正しいのは、今すぐ離れることなのだろう。しかしシーザーは敢えてそれに逆らった。……それしか、できなかった。
彼が、冗談として笑ってくれることを期待するばかりだ。
恐怖にも似た緊張のために、体の芯は震えて止まらない。地面に付いた手で草を握り締める。
「……いいよ」
ふいと目を逸らした次には、彼はそう言った。
伏し目がちな瞼を飾る睫毛は黒々としている。
「……ヒューゴ?」
彼は答えない。代わりに、瞳は完全に閉じて少し顔が天を向く。
地面に置いてある自分の手に、ヒューゴの手が重なっていた。
「……いいのか?」
彼はシーザーの手を握って答えた。
少し顔を傾けて、恐る恐る近付いていく。
俺達を結ぶ運命の意味は、一つではなかったのかもしれない、と今思う。
そうでなければ、こんなことは有り得ない。
二人、出会い、結ばれた、奇跡。
運命。
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