晴れた午後。
陽射しは強過ぎず、気温も快適。
誰もが外に飛び出したくなるような陽気だった。
シーザーも、温かそうな太陽の光に誘われるままに、アップルの目を盗んで外に出た。
朝から頑張っているのだから、ちょっとぐらい休憩しても良さそうなものだ。明日までに終わらせればいいんだし、と勝手に自分の中で許可した。
あまり人目の無い、けれど陽当たりの良い場所を探し、屋根の上、という絶好の場所を見つけた。屋根に上るのは容易なことではないが、家の裏側は荷物置き場になっていることが多く、それを足場にすれば大した問題でも無かった。
日に焼かれて適度に温もった瓦に背中を押しつけ、自分の腕を枕代わりに目を閉じた。
枕がヒューゴの膝だったら最高だなぁ、とか考えてシーザーは眠りの態勢に入った。
すぐに意識は深い所に入り込んでいく。
* * *
目が覚めたのは、そうしなければならないと、何かが命じたからだった。
だがその正体もわからず、眠気の気怠さが体の大半を支配していたので、シーザーは脳だけ目覚めさせておいた。
だいぶ長いこと眠っていたようで、腕がジンジンと痺れる。指を動かしてみたが、うまく動かない。
仕方なく、腕を腹の上に移動させた。血液が急激に通っていくのがよくわかった。
「シーザー?起きてるのか?」
少し離れた所から、耳によく馴染んだ声。
軽い足音が瓦を鳴らし、すぐ横で止まった。微かな衣擦れの音の後、影が差し、彼が自分の顔を覗き込んでいるのがわかる。おそらく、顔の横に座っているのだろう。
これが、目覚めの原因だったらしい。
「シーザー?」
名を呼ばれても、あえて目を開けない。
彼がこの後、どのような反応をするか知りたかった。
「起きてるんだろ?アップルさんが捜してたよ」
そんなことはわかっている。
だから彼が使いとして自分を捜しに来たということも、わかっている。
「……アップルさん、今日はもう上がっていいって」
嘘だろうな、と思った。
アップルがそう簡単に許すはずがない。
喜び勇んで跳ね起きるとでも考えたのだろうか。それで狸寝入りを暴こうとでも。
「……本当に寝てるのか?」
彼は先程の嘘で、シーザーが狸かどうかを試したつもりなのだろう。
しかしシーザーの方が一枚上手だった。
さてこれからどうするかな、と内心では笑いながら、眠ったふりを続ける。
チャリ……と小さな音がした。ヒューゴの首飾りの揺れた音だろうと推測する。
何が起こるのかと色々想像していると、唇に柔らかいものが押し当たる。一瞬ギョッとして、その正体はすぐに勘付いた。
(こいつ、誘ってんのか……?!)
目の前にあるであろうヒューゴの首に、腕を回したい衝動を何とか堪える。
照れ屋の彼だから、すぐに離れるだろうと思ったが、その瞬間はなかなか訪れなかった。ぎこちなくシーザーの唇を食み、ためらいがちに舐め、ゆっくりと離れていく。これが、彼としては精一杯のキスなのだろう。
薄く目を開けると、真っ赤な耳朶が見えた。
今すぐそれに咬みつきたいが、それも堪える。
(くっそ……喰いてぇ……!)
ヒューゴがこちらに首を向ける気配がしたので、慌てて目を閉じた。
そろそろ狸寝入りも続けられなくなるかもしれない。限界だ。
目を閉じてからしばしの間、シーザーにとっては果てしなく長い間があり、ヒューゴは言葉を発した。あの不自然な間には、シーザーの顔を見ていたのだろう。
「……シーザー、起きて」
緩やかに揺さぶられながら、控え目な声でモーニングコール。
軽すぎる瞼をなるべく重そうに見えるように持ち上げると、ヒューゴが覗き込んでいて、彼の頬は未だ赤みを残していた。
「アップルさんが、捜してたよ」
「……そうか」
「早く行こう?」
「……」
じっと彼の双眸を見ていると、小さく首を傾げて見つめ返してくる。
彼の首に片腕をかけ、それを支えにして起き上がった。起き上がった勢いでそのまま抱き締める。
「うわっ、シーザー!?」
「……お前、すっげぇカワイイ」
「……っ!?」
耳にごく近い所で囁くと、彼は押し黙った。
顔は見えないが、真っ赤な顔をしているのだろうと思い、それを想像して笑んだ。
しばらくそうしていると、ヒューゴが自ら背中に腕を回した。
ほんの少し首を捻ると、目の前に、想像したのと同じ色をした耳朶。それを唇で挟んだ。
仄かに温もって柔らかい。
「ひゃっ!?」
逃げようとする頭を抑えて、更に赤く染まっていく耳朶を食む。
耳に息を吹き込んでやると、ふるりと震えて背にある手が拳を作った。
「シ、シーザー……アップルさんが……」
「今日はもう終わりでいいんだろ?じゃあ戻る必要も無い」
ヒューゴがそれで黙ったので、シーザーはその隙に唇をずらした。首筋に吸い付くと、ヒューゴの腕にシーザーの体が締め付けられた。
ヒューゴを抱いたまま体を傾けて、二人重なって屋根に倒れ込む。
「ちょ……シーザー!」
「お前が悪い。俺を誘惑するから」
「誰がいつしたんだ!放せよ!」
「嫌だ」
暴れ回るヒューゴを抑え込んで、上から見下ろした。
勝ち誇った笑みで見ると、今にも咬みつきそうな危険な目で睨み返してくる。それさえも、誘っているようにしか見えなかった。
唇を頂こうと身を屈めると、彼の額が急に迫って、自分の額と勢い良くぶつかった。
「いてっ!?」
ついヒューゴを押さえる力を緩めてしまった。すかさずヒューゴがシーザーの下から抜け出す。
額を押さえながら、ヒューゴを見上げた。
「おま……っ」
「早く行って仕事終わらせて来いよ!」
シーザーの言葉を遮ってそう叫び、ヒューゴは踵を返して屋根から降りて行ってしまった。
ヒューゴがいなくなっても、しばらく額に手をあてたまま、シーザーはその場にいた。
呆然とヒューゴが消えたあたりを見つめながら先ほどの彼の言葉を思い返す。
『早く行って仕事終わらせて来いよ』
終わらせて、来い。
待っているという意味だろうか。
慌てて立ち上がり、屋根の端から下を覗いた。ヒューゴの後ろ姿がまだ見える。
「なぁ!」
立ち止まって振り返る。
「また、ここで!」
表情が見えるほど近くに彼は立っていないが、微笑んだ気がした。
少し穏やかになった日光が、短い影を作っていた。
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