最初に思ったのは、キレイだってことだけだった。
その赤に…紅に…朱に…魅了された。
「今日からこのクラスの一員になる、シーザー・シルバーバーグ君です」
名字を聞いた途端、クラスがざわめいた。
なんだろう?
オレは、シーザーと呼ばれた人を見た。
こっちを、じっと見ている気がする。
「……っ」
目が合うと、頭痛がした。
なんだろう?寝不足?
「あそこに席を用意したから、座りなさい」
「はい」
頭痛が治まって前を見ると、その人がオレに近付いて来る。
オレの隣の席は、誰もいない。ここに来るのだとは、わかっていた。
「よろしく、シーザー」
「…よろしく」
いきなり呼び捨てにしたのがいけなかったのかな?
シーザーはそっけなく答えた。
そっけなく…とも言い切れない。どこか無理してる感じがする。
でもシーザーの本心は判らなかった。
近くで見ると、赤い髪の美しさを実感した。本当にキレイで、思わず手が伸びそうになった。
顔も、キレイだった。
ちゃんとした顔をしていれば、もっとかっこいいのに。
でも、きっとちゃんとした顔よりも、オレはこの顔の方が好きだ。
「あの、オレ、ヒューゴ」
名前を訊いてくれないから、自分から名乗った。
シーザーは一瞬表情を動かしたけど、どんな表情なのかが判る前に、元に戻してしまった。
「ヒューゴ…か。古い言葉で矢羽だな」
「うん。そうだよ。どうして知ってるの?」
「前に…勉強したんだ」
少し言葉に詰まった理由がよくわからなかったけど、勉強したなんて言って、ガリ勉と思われたくなかったのだと、勝手に納得した。
「そうなんだ。…髪、キレイだね」
「赤毛が?」
「うん。赤いからキレイだよ」
「…ありがとう」
シーザーは面食らったように言った。
「ヒューゴ!」
誰かが、オレを呼んだ。
どこだろう?周りを見渡すと、手招きしてる人がいる。
「あ、シーザーちょっとごめん。呼ばれてるから行って来る」
シーザーは目で頷いた。
「どうしたの?」
「お前、なんでタメ口で普通に話してんだよ?」
「どういうこと?」
わけがわからなかった。
友達に普通に話しかけちゃいけないの?
「だって、年上だろ?一応最初は敬語の方が…」
「え?!年上?!」
友達は、呆れたように溜め息をついた。
年上ってどういうこと?全然そんな話は聞いてない。
「先生の話聞いてなかったのか?」
「あ、ごめん…ぼーっとしてて…」
多分頭痛がしてて、聞いてなかったんだ。
「ハーフらしくて、2年間アメリカの親の実家の方にいたんだけど、その間学校に行ってないらしい。
だから、あの人は今17か18だよ。それだけじゃなくて、名字聞いただろ?」
「うん…確かシルバーバーグって…」
それがどうしたんだろう?
「それも知らないのか?シルバーバーグって言ったら、弁護士の名家じゃないか」
本当に、開いた口が塞がらなかった。
そんなにすごい人だったんだ…。
なんだ…オレとは住む世界が違うんだ。
なぜか、すごく悲しかった。
話が終わって、席に戻る。
「どうした?」
「なんでもない…です」
シーザー…さんが、心配そうに声をかけてきた。
ショックがそのまま顔に出てたらしい。
オレが答えると、シーザーさんは怪訝な顔をした。
「なんで口調変えるんだ?」
「オレ…話聞いてなくて、年上だって知らなかったんです。シーザーさんの家のことも…。失礼なことして、ごめんなさい」
オレが謝ると、シーザーさんはあからさまに不快そうな顔をした。
「あのなぁ、年上だからって他人行儀なことされたら、俺には友達ができないだろ?それに、家は関係ない」
「でも、いきなりタメ口はやっぱり…」
「俺がいいって言ったんだから、もうタメ口でいいだろ?」
あんまり納得できないけど、シーザーさんがそう言うなら、そうなのだと、不思議とそう思った。
「じゃあ…シーザー…?」
シーザーは嬉しそうに微笑った。
その笑顔が、すごく…すごく…。
すごく、何なんだろう?
何か感情が溢れてくるんだけど、どんな感情なのかよくわからなかった。
ただ、悪い感情ではなかった。むしろ心地よくて、その原因はシーザーの笑顔なのだから、ずっと笑っていて欲しかった。
「…っと………て」
「え?」
「あ、ごめん。何でもない」
聞いて欲しいけど、聞いて欲しくない。そんな複雑な気持ちで言葉を発した。
シーザーは聞こえなかったみたいだ。
「…ずっと笑ってるのはさすがに無理だな。でも、できる限り笑うよ」
…聞こえてたんだ。
聞いてもらいたかったのも事実だけど、聞かれたら恥ずかしいのはわかってたから、あんなに小さな声で言ったのに…。
恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。
「…聞いてない方が良かったか?」
「あ、いや…そうじゃないんだ。聞いて欲しかったから言ったんだけど、聞かれたら恥ずかしくて…」
「じゃあ、聞いたけど、聞かなかったことにする」
…なんだそれ。
わけがわかんないし。
…でも。
「…ありがとう」
自然と、言葉と微笑みが溢れた。
シーザーも、オレの言葉を受けて、微笑みを返してくれた。
二人でへらへら笑い合っていると、先生が来た。
それから、終礼まで、特に何もなく…あえて言うなら、シーザーがあまりに勉強ができるので驚いたことぐらいか。
やっぱり、オレと同じ世界の住人じゃないんだと、そう思っただけだ。
シーザーはもちろんまだ部活に入ってないし、オレも入ってない。
だから、一緒に帰ろうということになった。
でも、転入生ってものは、いつもクラス中の注目を集めるもの。しかも年齢のこともある。
朝は、年上だし遠慮してたみたいだけど、オレが普通に話してるのを見て、皆も打ち解けたみたいだ。放課後になってシーザーの周りに人が集まり始めた。
オレはそれが落ち着くまで待った。
でも、胸の奥の方から汚い感情が溢れてくるのを感じる。
ヤキ…モチ?
シーザーと最初に友達になったのはオレだから、オレが独占したいってこと?
違う気がする。
もっと複雑で、でも単純な…。
わからない…。なんだろう?
嫌だ…。ここに居たくない。
嫌だ…やめて…助けて…!
「ヒューゴ?」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げた。
落ち着いた深い色合いの、緑の二つの瞳がこっちを見てる。
「待たせてごめんな。…どうしたんだ?」
オレはゆっくりと首を振った。
「…帰ろう?」
シーザーは頷いて歩きだした。
「なぁ、ヒューゴどうしたんだ?なんかおかしいぞ?」
駅までの道の途中で、シーザーが急に話し始めた。
あの時の気持ちがまだ治まらなくて、何か話せばシーザーを傷つけてしまいそうだから、何も話さないでいた。
でも、シーザーから話してきてしまうと、止められそうにない。
どす黒い、醜い、汚い言葉が口から溢れだす。
「シルバーバーグ家の人が気にするようなことじゃない」
なんでこんなこと…。
単なる八つ当たりじゃないか…。
違うんだ。こんなこと言いたくない。
怒られるのを覚悟して、身構えた。
けど、シーザーは顔をしかめただけで、何も言わない。
「…今日は、俺と居ない方がいいみたいだな」
そう言って、シーザーは一人で歩き始めた。
待って!
そう背中に向かって叫びたかったけど、口がうまく動いてくれない。
背中が完全に見えなくなって、急に涙が溢れて来た。
気付いてしまった。
なんであんなに住む世界が違うことが悲しかったのか。
なんであんなにシーザーの笑顔が嬉しかったのか。
なんであんな些細なことにヤキモチをやいたのか。
なんであんなにあの赤に魅了されてしまったのか。
…全て答えは単純だった。
「…好き…なんだ」
言葉にして、耳に入ると、すんなり納得できた。
気付いてしまった。
気付きたくなかった。
気付かなければ、こんなに苦しくなかったのに。
「ぅ…っく…う…」
ただ、声を押し殺して泣くしかなかった。
* * *
次の日。
あれからどうやって帰ったのか、はっきりとは覚えてない。
でも、どうにかして家には辿り着いていた。
あまり学校に行きたくないけど、今日行かなければもう二度と行けないと思う。
だるい体を叱咤して、支度を始める。
いつもの見慣れた道。
けれど、今日はすごく短く感じた。
どうしてこんなに早く学校に着いちゃうんだろ。
教室に入って、自分の席を見る。
隣は空いている。まだシーザーは来てないみたいだ。
少し、ほっとした。
…どうせ、ちゃんと話さなきゃいけないんだけど。でも、少しでも先に延ばしたい。
「おはよ」
シーザーが、オレに声をかけた。
気持ちを落ち着けようと集中してたら、来たことに気付かなかったみたいだ。
自分の気持ちに気付いてしまうと、シーザーを見るだけで胸がドキドキしたけど、今はそれどころじゃない。
「あのさ…」
「昨日のことだろ?謝るなよ。お前があんなこと言うはずがない。なら、俺の方に非があったんだ。ごめん」
本当に申し訳なさそうにシーザーは謝った。
「…違う。違うんだ。シーザーは何もしてない。オレは八つ当たりしただけなんだ。ごめん」
「だから、その八つ当たりの原因は俺だろ?」
…そうなのかな。
いや違う。そりゃシーザーは関係してるけど、謝ってもらうようなことはしてない。
でも、どうしてシーザーが関わってることを知ってるように話すんだろう?
「…やっぱり、違うよ」
「いや、そうだ。お前がそう思わなくても、俺は悪い」
どうして、オレがヤキモチをやいたのがわかってるように話すんだろう?
シーザーは、オレのことをなんでも知ってるみたいだ。
「シーザーは悪くない」
「いいや、俺が悪い」
「違う!」
「なんでそんなに強情なんだ!俺が悪い!」
「はいはい、痴話喧嘩はそこまで。どっちも悪いってことでお互いに、はい、ごめんなさい」
ごめんなさいの声と共に、オレ達は頭を下げさせられた。
ちょ…あぶな…!こんな近い所で、二人して頭を下げたら…!うわっ!
ガツンッと勢いよく頭がぶつかった。
「…ってえ…!」
シーザーが頭を抱えて唸ってる。
オレも、痛くて目に涙が滲んだ。
先生…もう来てたんだ…。
でも周りはまだくつろいだ雰囲気だし、オレ達が朝礼を邪魔したわけではないらしい。
真ん中の列の一番後ろの席のオレ達は、先生から見たらすごく気になったんだろうな。
「ほら、朝礼はもう始まりますよ」
「…先生、これは体罰じゃないんですか」
シーザーが涙を滲ませた目で先生を睨みながら言った。
「おや、私の仲裁はお節介でしたか」
シーザーは言葉に詰まった。
「もう喧嘩なんてしないこと!」
そう言い残して、先生は教卓に戻って行った。
でも、先生のおかげで、少しきまずい雰囲気がなくなった。
「…もうやめようぜ」
シーザーが呟いた。
「俺は気にしてないし、お前も俺を許してくれるか?」
こくっと頷いた。
「…なら、この話は終わり。仲直りだ」
シーザーがにっと笑って手を差し出してきた。
その手を握るのは、少し抵抗があった。
キレイな手を汚してしまいそうで…。
それに、好きな人の手を握るのは嬉しいけど、勇気がいる。
でも、ゆっくり近付けて少し触れると、見た目とは裏腹に、しっかりとオレの手を握ってきた。
それだけで顔が上気する。
こんな顔を見られたくないけど、でも、どうしたらいいんだろう…。
顔を上げられないし、どうにもできずにシーザーの手を握ったまま硬直してると、不意に、頭をぽんぽんと叩かれた。
多分シーザーだよな。
シーザーは手を解くと、正面を向いた。
「………?」
「ほら、朝礼」
シーザーはこっちを見ないで言った。
…気を、遣ってくれたんだ。
でも、それはつまりオレが赤くなってるのがばれてるってことで…。
「あの…ありがとう…」
なんとかお礼だけ言った。
シーザーがこっちを向いて、微笑んだ。
それだけなのに、オレの心臓は跳ね上がった。
これって、一目惚れってやつなのかな?
思えば、シーザーが教室に入って来た時から好きだった。
こんなに好きだけど、きっとシーザーには伝えないで、オレの心の中だけにあるんだろうな。
ずっと…ずっと…。
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