疲れた、眠い、手が痛い、目がかすむ、腰や肩や首が凝る。
思い付く限りの不満をアップルにぶつけた。
そうだといってアップルが甘い顔をするはずの無いことを知ってはいた。
それに、不満を口にすることで実は見返りを求めてはいない。
口に出してみると、気が紛れるのだ。
理由はもう一つあって、それというのは、これは自分が選んだことだし好きだから選んだことであって、それに専念しろと言われて嫌であるはずは無いのだということだ。
疲労を感じても、それはある程度は無視できる。
とは言え、昼寝が一番好きなことであるのだった。
「エコノミークラス症候群って知ってる?座ったままでいると足の血行が悪くなって」
「……もう、うるさいわね。じゃあ今日はこれから休憩」
数え切れないくらい不満は言ったが、一番皮肉がきいていて、かつ聞こえが知的に聞こえて、上出来な不満だった。
それを遮ってアップルが言う。軽く息を吐く音も一緒に聞こえた。
紙面をひたすら見て俯いていたのを、アップルを見て上げた。
「……へ?」
全くアップルが許可を下すことを想定していなかったので、思わず間抜けに聞き返す。
「疲れたんでしょう?ただし、一時間よ」
「やった!」
アップルの言葉を聞いて、椅子から立ち上がった。
部屋の出口に足早に向かう。
「一時間よ!」
ドアを閉める直前に、大きな声でそう聞こえた。
城から出て、お気に入りの昼寝場所に向かう。
草原の真ん中で、日当たりも良く草の背が高いので見つかりにくい。
その草原の真ん中に、人影があった。ここに人がいるのは初めて見る。
よく見なくても、それがヒューゴだとわかった。
彼に近付いて歩く。
足音に気が付いて、ヒューゴは振り向いた。
表情は、まだ距離が縮まっていないのでよく見えないが、多分驚いたのだと思う。
十分に近付くと、何か挨拶をしようと思うが言葉が浮かばなかった。
「よぉ、元気か?」
我ながら気の利かない挨拶だと思う。
「うん。シーザーは?」
「まあまあかな」
会話が途切れた。
「シーザー、休憩?」
「ああ」
と答えたままではまた会話が途切れてしまうので、慌てて付け足す。
「頼み込んで頼み込んで、やっとな。アップルさんも厳しいよな」
「良い先生じゃないか」
「あれは極度のスパルタだって。お前、あの人とずっと一緒にいてみろよ。俺の気持ち多分わかるぜ」
ヒューゴは小さく笑う。
シーザーは座った。ヒューゴも、少し離れた所に同じように座る。
二人の間は、ちょうど半人分くらい空いている。
この微妙な距離はなんだろう、とさりげなくそこを見る。
「お前の母親も厳しそうだけどな」
「母さんは鬼だよ」
会話は続く。
そうしながら、ヒューゴの様子が変だ。
シーザーの顔を見て話しているが、互いの間の微妙な隙間に時々目をやる。
こっちに近寄りたいのかな、と考えた。
シーザーからヒューゴに近寄った。その行動がごく自然に見えるように、注意する。
肩が触れるか触れないかという所まで近付いて、そこに落ち着いた。
会話は変わらぬ様子で続いた。
二人とも地面に手を置いていて、少し動かせば触れ合いそうだ。
密かにジリジリと手を近付けた。
ちょっと手を握ってみる。
ヒューゴは戸惑ったようにも見えた。
(こんな顔もするんだ)
新しい発見をして、なんだか嬉しい。
「なあ」
「なに?」
こちらを見た顔は、いつもより幼く見えた。
「お前、かわいいな」
ヒューゴの顔は見る見る赤くなって、それを隠すように彼は顔を背けた。
(あ、照れてる。かわいー)
頬染める横顔を見つめながら、また一つ新しいヒューゴを見つけたことを喜んだ。
もっとにじり寄って、片頬に手を寄せこちらを向かせる。この先を思って結構緊張している。
「シ、シーザー?ちょっと待っ……」
シーザーには自分を止めるのは難しかった。
ここでやめてしまっては決まりが悪い気がする。
顔を傾けて、目を細めて寄せていく。
「……やめろって、言ってるだろ!」
そろそろ触れるかというところで、顔面を突き飛ばされた。
その勢いでひっくり返って倒れる。
「オ、オレもう行く!」
草を踏み締める音が遠ざかっていった。
しばらく空を見上げ、転がっている。
溜め息を一つ吐いて、足を振り上げ、下ろす勢いで起き上がった。
頭を掻く。
本日の進展、手を握る、まで。
これでも大進歩だ。
(今日の雰囲気は初チューいけると思ったんだけどな……ちょっと早まったかな)
ぼーっと地面ばかり眺める。
そして唐突に頭をかきむしる。,BR>
(俺全然ダメじゃん!)
ヒューゴと二人で話すとなると、緊張して口がうまく回らない。
話題も見つからなくなるし、無言が続くことが怖い。
お互いがいればそれでいいとか、そんなの嘘だ。神話にすぎない。
好きな人といれば、自分といるのが一番楽しいと思ってもらいたくて、緊張する。当たり前じゃないか。
だから普段からヒューゴと何を話そうか考えて、あらゆるシチュエーションを想定して、対策を練って、万全に備えている。
けれど、いざその時になると、頭は真っ白に……いや、仄かに淡い色に色付いて、ヒューゴと今一緒にいる、そのことでいっぱいになって、計画は全てわからなくなる。 軍師ともあろうものが。
そこでふと思考を方向転換した。
そんなことをゴチャゴチャ考えているのが一番ダメなんじゃないか。
ただ単純に彼としたいことをして、話したいことを話して、何も無ければそれでいい。一緒にいたい、という願望が常に根底にあるのだから。
口の端が引き上がる。
なんとなく指針が立ったようだ。
とりあえず、あと少し休憩時間は余っている。
シーザーは草の上に寝転がって目を閉じた。

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