久しぶりのカラヤは、以前のカラヤと変わらないものだった。
以前、というのは、焼き討ちに遭う前のものだ。
数年でここまで復興できたのかと、深い感慨を覚えた。
ヒューゴが入口に立つと、見張りに立つ若い少年が彼に気が付いて奥へ駆けて行った。
ゆったりと村の中に進む。
村の人が気付いて声をかけてくれて、心がじんわりと温かくなった。
早く母に会えと、口々に言ってヒューゴを村の奥に押していく。
ルシアが、先程の少年に連れられて奥から現れて、ヒューゴを認める。
「ヒューゴ……」
大股に近寄ってきて、ヒューゴを見下ろして無言でいる。
目の中を様々な感情が駆け巡っているのが見て取れた。
「ただいま、母さん」
「……お帰り。よく帰ってきたね。外はどうだった?」
「うん……オレは、本当に何も知らなかったんだな。それがわかったよ」
「……そうか。大きく、なったね」
「そうかな」
無論、肉体の大きさではないのはわかっている。
ルシアは、変わらない。
少しやつれたようにも見えるが、それが無くしてカラヤがこの状態ならルシアを疑う。
「……カラヤは、どう?」
見ればわかることだが、話の流れでそう尋ねる。
ルシアは口の端を引き上げて微笑んだ。
「カラヤは強い」
「うん」
「それで……お前は、私の後を継ぐつもりはあるのか?」
旅はもういいのか、という意味も込められているのだろう。
深く頷くと、ルシアも頷いた。
覚悟は決めた。もう捜さない。
まだまだカラヤは立ち直っていない。それを見捨てることはできないのだ。
一つの大きな物のために在ることを教えたのは、他ならぬシーザーだった。
* * *
二十年が経った。
ルシアに認められて、それから彼女を超えて、族長になったのは数年前のこと。
カラヤは復興した。
戦が無くなった分だけ、発展も目覚ましい。
ヒューゴは家の真ん中に座って、書物を読んでいた。
人払いをして、静かにこうしているのが好きだ。時には外に出ることも良いが。
室内は上等の敷き物、数々の豪奢な装飾品、色鮮やかに趣向を凝らした垂れ、そんなものが飾っていた。生活には邪魔だし、これを売った方が村も潤うと思うのだが、村の年寄り達との戦いになかなか決着がつかない。
「そういう心根はヒューゴの評価できる所だが、もう少し族長の自覚というものを」
彼らの口癖だ。
結局、自分は昔から何も変わっていないらしい。
炎の英雄と名乗っていた頃、自覚を持てと幾度も繰り返された。
懐かしい声が耳の奥に響く。
──だから、今お前を失うわけにはいかないんだ!──
──オレは仲間のためなら命なんて惜しくない!──
──お前は炎の英雄なんだ。自覚を持てよ!──
本を閉じる。
心を落ち着けるために深呼吸を一つ。
近頃、外に誘われる。
二十年前に終えた旅の続きを求めている。
これまでは族長になるために必死になって、紛らされていた。
安穏は人の心を開放して、奥にしまい込んだ物まで引き出して良くない。
「ヒューゴ」
外から女性の声が掛かった。
意識を引き戻して、顔を上げる。
「アイラか?」
「うん」
「どうぞ」
彼女は入口の布を片手で押して入ってきた。
一礼して前に進み、ヒューゴの前に座った。
「私、旅に出ようと思う」
「旅?ゲドさん達の所にでも?」
「戻りたいんだ」
アイラの境遇は、ヒューゴによく似ていた。
炎の運び手が解散して、アイラはゲド達十二小隊に付いて行った。がしかし、カラヤに戻った。カラヤを捨てることはできなかったと話していた。
アイラの本心としては十二小隊との生活を続けたかったが、カラヤの民として復興に力を貸すべきだろうと考え、結局彼女はカラヤを選んだ。
しかし、カラヤにいてずっと旅に憬れていたのだろう。
「……いいんじゃないか?カラヤもだいぶ落ち着いた。心配しなくて良いよ」
「ありがとう。……で、ヒューゴは?」
「ん?」
「ヒューゴは行かないのか?」
アイラの視線が鋭く感じられる。
それに怖じないように、真っ直ぐ見返した。
「オレは、ここにいなきゃ」
「なんでだ?」
「なんでって……族長だからだ」
「行きたいなら行けば良い」
「そういうわけにはいかないだろ?」
「ここには、族長なんかいなくても何とでもするような人達がいる。前族長もいる」
「でもな、アイラ……」
「それを許してくれる人達だろう?カラヤの民は」
心が揺れる。
「……許してくれるだろうか」
「行きたいなら行けば良い」
再度繰り返された言葉は、重く響いた。
「誰かを捜してたって聞いた。会いたいんだろ?その人に」
胸の奥が締め付けられる。
シーザーの顔が目の前に浮かんだ。
声が、聞こえる。
「……っ」
涙が込み上げて、隠すために俯き、零れないように必死で堪えた。
「……ごめん。堪えてたんだな。余計なこと言った」
「いや……」
それだけ言うのが精一杯だ。
喋れば声が震えてしまうし、涙も止まらなくなる。
「私は行くよ。簡単なことじゃないのはわかってるけど、ヒューゴが本当にしたいことなら、皆わかってくれるよ」
「……うん」
衣擦れの音がして、室内は静まった。
人がいなくなったので、涙を抑える理由も無くなった。
嗚咽が洩れて、引きつるような息遣いが治まらない。
会いたい。
それだけが今全てを満たした。
涙を拭って、立ち上がる。
必要最低限なものだけを手に取って、外に飛び出す。
馬小屋まで走り、馬の支度をして跨がる。
村を駆け抜けた。村人が、族長の突然の行動に驚いて振り返るが、気に止めない。
「ごめん、しばらく出る!後を頼んだ!」
止める者は誰もいなかった。
会いたい。会いたい会いたい。
どこにいるのか、見当もつかない。生きているのかもわからない。
けれど、なぜか確信している。シーザーに巡り逢う自分を確信している。
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