三年が経って。
シーザーの家には何も無かった。次に情報を持っていそうなのは、兄であるアルベルトだが、彼もまた行方が知れない。シーザーを捜すためにアルベルトを捜すのも馬鹿らしい話だ。
当ても無く街々を渡り歩くしか無かった。
* * *
カウンターの隅に座って、早いものだな、と考える。
店内は昼時を過ぎて客はまばらだ。
ここは酒場なわけだが、宿を兼ねている。それが酒場の形態の大半で、昼間は食堂として機能している所も多数ある。だから、昼間から酒場にいても道楽者というわけではない。
情報が集まるのは人の多い所で、つまり酒場だというのを知り、街に入ったら酒場を拠点にするのを常にした。
酒場では金を払えば有益で信憑性の高い情報を提供してくれた。
一年というのは、とても早い。それが三つ重なったからと言って、大して長くもならない。
三年かけて、何一つ情報を掴めていない。ただ必死に旅をして、資金が底を尽きたら働いて、次の街に行き、その繰り返しだ。
フーバーが背に乗せてくれることが多かったから苦しい旅ではなかったが、こうも手掛かりが無いと挫けそうだ。
カウンターの向こう側の店主──恰幅のいい中年男だ──がヒューゴを頭のてっぺんから一通り眺めた。
良い気分はしないが、この年齢で一人旅というのもあまり無いらしく、客か冷やかしか食い逃げか、店主は判断するのだ。
「坊主、一人か?」
「うん」
フーバーは街に入れるわけにはいかないので、外にいる。
「金は?」
「あるよ」
実際に示すと、彼の態度は軟化した。
人好きのする笑みを浮かべ、気さくな人柄を読み取れる。酒場の店主は大抵話好きのおせっかいだ。
「一人旅か?そんな年でなぁ」
暗に親のことを聞いているのだと思った。
客商売をする人は立ち入ったことを訊かない。
「親に五年で帰るっていう約束で、人を捜してるんだ」
「ん?」
「シーザー・シルバーバーグって言うんだ」
「シルバーバーグ……って言やあ……あの?」
頷くと、店主は難しい顔をした。
「そんなお人なら、世間を騒がせててもおかしくはねえだろうになぁ」
「あまり目立たないようにしてるみたいなんだ」
「それじゃあ捜しにくいなぁ」
そうなんだよ、と苦笑した。
「何か特徴は?」
「赤い髪で、そうだなぁ、いつも眠そうだ」
「赤い髪とはまた目立ちそうだがな」
「染めてるかもね」
「あぁそうか……名前も、それを使ってるとは限らねえよな」
本当に人捜しは難儀だ。
そこで話は一端途切れ、主人は注文をとって奥に入った。
しばらくして、料理を持って戻って来る。
焦っているように小走りで、丸いその体に不似合いな軽快な走りが意外だ。
「さっきの、シーザーさんの話だがな、」
思わず身を固めた。
店主は料理を差し出しながら言葉を続ける。
「見掛けた」
「どこで!?いつ?」
つい声が高くなる。
心臓が強く打って、苦しい。
「百、だ」
情報料の話だ。ただで情報を与える者はいない。
しかし随分親切な値段だ。子供だからと、割り引いてくれたのかもしれない。
焦れったい気持ちで金を取り出す。
手渡すと、話は続いた。
「そんなに遠くじゃない。三ヶ月弱前だ。ここに来た。ちょうどそこに座ってた。さっき急に思い出したんだがな、あんなに頭のキレるやつには会ったことがなかったし、お前みたいに随分若いのに一人旅してたんで印象に残ってる。赤い髪で、名前は聞かなかったがな」
「緑の目の?」
「そうだ」
シーザーかもしれない。
ここに座っていた。
ドクドクと、脈が早い。
「どこに行くとか、言ってた?」
「一つの質問毎に金を払ってもらうんだがな……まあいいか」
「すみません」
「そんなキラキラした目で訊かれれば、こっちも教えたくなるってもんだ。……目的は無いって言ってたがな、とりあえず次は西に行くと」
西、と呟いて思い巡らした。
やっと一つ手掛かりが見つかった。
ただ、シーザーが店主に言ったことが彼の真意かはわからない。追ってくる者を撹乱するための方便かもしれない。
あるいは、裏をかいて……いや、しかし……。
わからない。わからないが、行くしかない。
「ありがとう、助かりました」
「いいや。見つかるといいな。息災を祈るよ」
食事を済ませたら、すぐに出発しようと思う。
日が落ちるのも近いが、動かずにはいられない。時間が経てば経つほど、遠のいてしまう気がした。
街から少し離れた所の森に入った。
ここでフーバーとは別れ、再び会う約束をしたのだ。
「フーバー」
少し張り上げた声で呼ぶ。しばらくして、草や落ち葉を踏み締める重い足音が聞こえた。
駆け寄り、興奮した顔で早口に捲し立てる。
「フーバー、すごいぞ!シーザーが見つかるかもしれない!」
キュウと、頷くように返事がある。
「それで……すぐに出発したいんだけど……」
窺う仕種で言葉を濁すと、フーバーは己の背を示した。
「ありがとう、ごめんな」
首を抱き締めながら小さく言い、撫でるとフーバーの嘴が背を擦った。
薄く笑んで互いの温もりをしばし確かめた後、フーバーの背に跨がる。
「西に向かってくれ」
聞き届けてすぐに駆け出し、森を抜けるとふわりと空に上がった。
僅かに傾き始めた太陽に向かって、高く高く飛ぶ。
胸が、人を想うが如く切なくなる。何かに、どこかに惹かれる。そこは涙の匂いのする空気を纏っていて、けれど穏やかな風の匂いがする。
仲間が恋しいのだろう。旅に出て以来感じるものだった。
その度、感傷に浸るには早かろうに、と自嘲的な思いになった。
* * *
西の一番近い街には、一月かからずに着いた。
フーバーとは、その巨体を隠せる所で別れて街に入る。
比較的大きな街で、入るとそこは太い通りになっており出店が並んでいる。到着したのが、出発したのと同じく夕刻であったため、賑わっていた。
いつもの調子で酒場兼宿に向かった。
懐がそろそろ寂しくなり始めたので、あまり格の高い所は望めない。シーザーの目撃情報は比較的最近のもので、ここでの聞き込みが済めば金を工面する暇無く出発しなければならないというのも、理由の一端になる。
しかし、一応戸口にある、働き手募集の貼紙を目の端に捉えてここに入った。
酒場も、人が入り始めてざわついていた。
カウンターの、受付らしい中年の女性に声をかけた。
「泊まりかい?」
「うん」
「食事は」
「つけて。今日の分もお願いします」
食事を付けると、大抵割安になる。少なくとも高くはならない。食事にこだわらないのなら、その方が安上がりだ。
料金は前払いが通常で、ここもまたそうだった。
払うと、奥を示される。食堂の方だ。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいですか?」
「私より、奥の親父の方が良いと思うよ」
「ありがとう」
奥で適当な席を探して座った。
注文を取りに来た男に、シーザーのことを尋ねる。
「いや……見てないな。ここも小さくない街だし、わからないがな。いくつか宿を回ってみるといい」
「うん、そうする。ありがとう」
またか……と嘆息せずにはいられない。
シーザーの情報は無いのが普通で、今回もそんな気がしていたのだ。ただ、少なからず期待していて、その分衝撃も大きく嘆きに沈んだ。
* * *
その日はそれで眠ってしまって、朝を迎える。
二階部分が客室になっていて、一階が食堂だ。階段を降りて、昨日と同じ椅子に座った。
待つことしばし。昨日話を聞いた店員が料理を運んで来る。
宿代と食事代を合わせるのなら、食事の内容は決められているから、注文は必要無い。
「おじさん、ここのご主人?」
「ん、ああ。どうした?」
「何日か働かせてもらいたいんだけど、雇ってくれないかな?」
ヒューゴを観察するような目で見て、沈黙する。
「経験は?」
「結構あると思うよ」
「いいだろう。寝食まかないで……日当たりコレでどうだ?」
提示されたのは、若干安めの値段だった。
まあ、最初だから仕方ないか、と妥協するしかない。
相当ケチな人間でなければ、よく働けばそれだけ給料は上がっていくのだから、値段の交渉など実はあまりいらない。
「それで、本当に何日かしかいられないんだけど」
「構わないよ。一時助かるだけでも十分だ。人捜しの途中っていうのは昨日わかってたしな」
「ありがとう。じゃあ、今日から早速」
「頼むよ」
そうして、働きながら、聞き込みをした。
主人は、忙しい時間でなければ外出を許してくれた。
よく働く、と誉めてくれ、給料も最初に提示された額より遥かに増えた。
充実して悪くない日々だったが、やはり欲しい情報は入らない。ここには彼は来なかったのだろう。
そうわかったのなら、早く出た方がいい。
「……明日、出発したいのですが」
「明日?急だな」
「すみません……」
「いや、それはいいんだが……寂しくなる。見つかるといいな」
「はい。ありがとうございました」
「道中気をつけて」
簡単に見送られて、翌朝早い時間に街を出た。
フーバーを探す。岩の間にできた隙間に入り込んで眠っていた。
近付くと、目を覚まして顔を上げた。
甘えた声が聞こえて、ヒューゴに擦り寄る。
「また……見つからなかった」
フーバーの首を撫でながら呟く。
手掛かりが無くなってしまった。やはりシーザーは西には向かわなかったのかもしれないし、西に向かってもこの街には立ち寄らなかったのかもしれない。
目標を見失い、同時に疲労を感じた。
「フーバー、本当にごめんな。こんなことに付き合わせて」
フーバーは静かに瞼を閉じて、ヒューゴの腕に軽く頭を押しつけた。
立ち止まって小休止を求める自分の精神を、叱咤する。今ここで停滞している余裕は無い。
すぐにでも次の目的地を定めて発たねばならない。
「フーバー、行けるか?」
信頼に足る声で返答があった。
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