いない。見つからない。
どこに行ったんだ、オレをおいて。
* * *
確かにシンダルの遺跡を出るまでは一緒だった。
崩壊を始める遺跡の中で、はぐれないように側にいたのだから。
外に出てみれば大混乱で、夢中でその場を離れた。放心するままビュッデヒュッケ城まで帰った。
気が付くと、シーザーはもういなかった。
遺跡に取り残されたはずはない。共に外に出て隣に立っていたのを記憶している。
始めは、特に気にかけなかった。少し姿が見えないからといって、別段おかしいことではない。
ただ、それが数日続いた。城に滞在していないことは明らかだ。
もうシーザーの役割は終えたのだから、勝手に離脱しても構いはしない。元々、旅の中に暮らす者の多い集団だから、目的を果たせば次の目的地に旅立つ。それが当たり前かもしれない。
事実、気が付くと姿の見えない者が他にもいた。
だが、シーザーには不自然な点が多い。
共に旅をしていたはずのアップルは城にいる。彼女に一言も告げずに一人で行くのは普通じゃない。
第一……ヒューゴに何も言わずに失せることが納得できない。
一種怒りを覚えた。裏切られたと感じた。
そうしてねじ曲がった感情を抱えたまま、数日が経った。
「ヒューゴは、カラヤに戻って族長修行なんだろうな」
クリスと話す時間があった。
茶を飲みながら、ゆったりとした雰囲気で時が流れ、今までのことやこれからのことを話した。
思えば、クリスを始め、ゼクセンの者とはゆっくり話したことが無い。
ゼクセン人に対して、特にクリスに、良い感情を持っていなかったからだ。
目の前で親友を斬り殺されたショックは大きく、クリスへの恨みも深い。
しかし、戦いを通して彼らを知り、理解した。
恨みが消えることは無いだろうが、そればかりでは無い。
今は、あれは仕方の無いことだったのだと冷静に考えられる。
「母さんは、多分そのつもりだ」
「ルシアは……ということは、そうするつもりは無いということか?」
クリスは優雅な所作で頬杖をつき、興味深げな視線を向ける。
甲冑も身に着けず、髪も結わず、寛いだ格好だ。
うねりの無い長い銀の髪が肩から胸に流れ、薄い模様を作り上げる。それに視線を当てながら答えた。
「オレは、物を知らない。カラヤとグラスランドしか知らないんだ」
「旅にでも出るのか」
「うん、そのつもりだ」
「……捜すのか」
視線を彼女の手に移し、目に移した。直線的な視線が柔らかく突き刺さる。
数拍間を置いてから、答える。
「……うん」
彼女は黙っていた。
「クリスさんはこの先、どう?」
「私は、騎士だからな。ゼクセンで役目を果たして死んでいくんだろう。……そうだな、まずグラスランドと修好協定でもしなければいけないな。戦はもう無意味だ」
「そうだな……」
戦が無くなれば人が死なない。悲しむ人が減る。ゼクセンとの戦が終わればいい。そしてそれは実現可能だ。
ルシアとクリスならば上手く収めてくれると信頼できる。
* * *
その日ルシアに、これからのことについて自分の考えを話した。
ヒューゴが話し終えるとルシアはしばらく黙って、ヒューゴの目をじっと見た後口を開く。
「もう、決めたんだね」
「うん」
「ならば、止めても行くんだろう、お前は」
「……」
「五年だ。それで帰って来なさい」
母なら、そう言ってくれると思っていた。
ヒューゴが真剣なら、認めてくれる。そういう人なのだ。厳しい母だが、一貫しているものがある。
「ありがとう、母さん」
緩く首を振って、返事があった。
「いつ行くんだ?」
「ここが落ち着いたら、すぐに」
そうか、とルシアは頷いた。
炎の運び手が解散したら、出発するつもりだ。今すぐにでも飛び出したいが、炎の英雄がそんなことをできるはずも無い。
旅の支度をしながら、更に数日。
遂に炎の運び手解散の日を迎えた。
出発の準備を整えるカラヤの仲間には加わらず、一人でいた。
解散の日ということもあり、声をかけてくる者が多い。皆一つの戦いを終え、朗らかな様子だ。ヒューゴもつられて明るい気分になる。
これからの旅に期待していたのもある。
目的はシーザーを捜すことだが、見聞を広めたいという思いもあった。ヒューゴは、グラスランド以外の土地に行ったことが無い。外の世界を見てみたいという単純な好奇心があった。
歓談するなかで、離散が始まったことを知った。
話が途切れた所で打ち切り、ルシアを見つけ側に寄る。
「……母さん」
カラヤも出発するようで、その指揮を執っていた。
ルシアは遠くの誰かに指示を出し、それから振り返る。表情は険しい。
「行くのか」
「うん。ごたついてる間に出てしまおうと思って」
「……」
ふと、ルシアの表情が緩んだ。
憂いを帯び、けれど穏やかな表情だ。
「気をつけて行きなさい。グラスランドで暮らしていたようにはいかない」
「うん」
「多くを広く見なさい」
「はい」
「……五年で、必ず帰ってこい」
念押しの言葉ではなかった。嘆願のような響きだった。
「大丈夫」
にこりと微笑むと、ルシアは僅かに微笑みを返したがあまりうまくいっていなかった。
親書を届けたゼクセンへの旅に比べれば数段安全だし、それ程心配することでも無いだろうに、と呆れる反面、感謝する。こんなにも愛してくれることに。
しばし見つめ合い、ヒューゴはルシアに背を向ける。
ルシアは黙って見送った。
城をだいぶ離れた頃、高い強い声が聞こえた。人の声ではない。
振り返ると、空に大きな影。間も無くそれは降りてきて、少し離れた所に足を付けた。
「見送りに来てくれたのか?フーバーまで心配症だなぁ」
フーバーは軽やかな調子で走り寄り、顔をヒューゴの脇に突っ込んだ。首を掻いてやると更に顔を押しつけてくる。
巨体に見合った怪力のフーバーにそうされては、ヒューゴもバランスを崩しかける。
ひとしきり愛撫を続け、フーバーから離れる。
「すぐに戻るよ。それまで、皆を頼むな」
じゃ、と別れを告げると進む道に振り返り、フーバーに背を向ける。
数歩歩いて、横にフーバーが並んだ。
「……一緒に来てくれるのか?」
歩きながら尋ねる。
小さく鳴いて、返事があった。
一人の旅は心細い。親友が共にあるのなら、それは無い。
感謝の意を込めて微笑みかけた。
シーザーの行き先は見当もつかない。
順当に考えれば彼の生家を訪れるのが良策だろうが、彼がそこに戻るのは考え辛い。
彼を探すとしたらまず始めにその考えが浮かぶのは簡単に推測できる。逃げるように姿を消した彼がいるはずはない。
そこに至るのも予想して、逆に生家にいる可能性も否定しきれないが、それは危うい行動で、そんな方法をとることは無いだろう。
と、考えても、他に行く当てが無いのが現状だ。何か情報がある可能性もある。何も手掛かりが無いのなら、がむしゃらに動くしかない。
ひとまずの目的地をシーザーの生家に定めた。
「シーザーは、オレを……」
ある考えがよぎって、しかしそれを口に出すのは恐ろしく思え、途中で切った。
親友が隣りで気遣わしげな視線を寄越した。
笑顔を返す。
前を真っ直ぐ見て歩く。
遠く広がる空、大地の彼方に切ない悲しいものを感じた。愛しくもあり、恋しい。
それの正体は不明で、ただ心に重く伸し掛かった。
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