「おい、もっと早く走れねえのかよ!」
「無理だ。そもそも二人で乗るのが間違ってる」
「っくそ!」
俺だけ早く行っても役に立たないのはわかっているが、誰よりも早く行きたい気持ちはどうにも抑えられなかった。
馬の首にしがみつきながら歯がみした。

* * *

俺が留守にしている間に、カラヤに戦火が降り懸かろうとしていた。
相手は、南の方を支配する、なんとか言うそれなりの国だそうだ。
これまで平和で、カラヤは衰える要因が全く無かった。俺がここに来た頃とは見違える。
豊かになればそれだけ羨まれる。狙われる。
隣りの芝は青く見えるんだろう。まったく人間は愚かな生き物だ。
聞けば、まともにやり合えば勝てないこともないだろうが、さてどうなるかといった感じの戦だ。
相手はもうその時近くまで来ていた。
族長ヒューゴを中心に長老組が連日話し合い、そして気付くとヒューゴはいなかったとか。フーバーもいなくなっていた。
それで大騒ぎになっている時にちょうど俺が帰ってきたわけだ。
事情を聞いて、すぐにわかった。あいつのことだ。相手軍のところに行ったに違いない。
本当に何をしでかすか、事が起こるまで予想がつかない。あいつにはあいつなりの考えがあるのだが、少しは自分の身を考えてもらいたい。
少し呆れ、大部分はヒューゴの身を案じ、焦った。
不安、それが転じてヒューゴの行動も読めずオロオロするばかりの奴等に腹が立つ。
「すぐに出発の用意をしろ!地図をここに!」
俺はビッチャムの馬に乗った。俺だってなんとか落ちない程度には馬に乗れるが、カラヤの民には追い付けない。
それに、カラヤ馬はクセがある。
そうして即座に出立して今に至るわけだ。
敵がどこにいるかはわかっていたから、ヒューゴを追うのも簡単なことだった。
「……いた!ヒューゴだ!」
フーバーがちょうど地面に下りる所だった。
ゆったりと優雅に下り立ち、地を軽く駆けて勢いを殺し、やがて止まった。
ヒューゴはこちらに背を向けて徐にフーバーから降り、そしてその目の前には相手軍が。
ヒューゴはそのまま軍に向かって歩いて行く。
俺達はヒューゴを目の前にしながら、止まった。
進めなかった。来るなと言われている気がして、そしてそれに逆らうことはできなかった。
俺は馬から降りた。
ヒューゴは静かに進み、軍団の壁にぶつかっていった。
兵は自然と道を開けた。
そこを臆せずまっすぐ進んで行く。
次々と人が割れて、奥に特別立派な鎧を纏った騎士が立っているのが見える。
そいつは怯んだように数歩後退る。ヒューゴは歩調を変えずに進んだ。
途中、敵の首領を目の前にしたこの好機に気が付いて動く者達もいた。しかしその度、炎が、行く手を塞いだ。
ヒューゴはある程度近付くと立ち止まり、じっとその指揮官らしき人物を黙って見つめる。
少しの間がある。ヒューゴと彼は見つめ合い、睨み合い……そしてそいつは、ついに跪いた。それをきっかけとして、周りの兵も膝を付く。
立っているのは、ヒューゴだけだった。
「去れ」
静かなヒューゴの声が聞こえた。
彼らはそれに従うしかなかった。
鎧の重い音が轟き、馬の蹄が鋭く鳴る。
小柄な体の回りを、堅い鎧に身を包まれた兵が馬に騎乗して取り囲んだが、ヒューゴは動かずに立ち、見送る。
彼らが大地の彼方に失せるとこちらを振り返って戻ってくる。フーバーが途中から後に従った。
歩調は遅くなく早くなく、いたって普通のいつもの調子と変わらない。真っ直ぐ前を見据える姿、軽く拳を握って腕を振り、前髪と横に流れる髪が風に軽く揺れる。
俺達の目の前に立ち止まったところで、俺は徐に膝を折る。後ろが俺に倣う気配がした。
頭上から、あの少し鋭い眼差しが注がれている。
ああ俺の主はヒューゴしかいない。
深く頭を垂れてヒューゴの足を見ながら考えた。

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