ティーダは先日十五の誕生日を迎えた。
幼い頃からブリッツの少年チームに入っていたが、ブリッツで有名な学校に進学して、本格的にのめり込んでいった。初め、ティーダよりも上手い選手はまだまだいたが、すぐにそれを抜かす自信がティーダにはあり、今ではチームのエースだ。世間からも注目されていて、このままうまくいけばプロ入りできそうだった。
アーロンとの生活も長いが、うまくいっている。何をしているのかはっきりとは聞いていないが、仕事の傍らティーダの世話をするアーロンを少しでも助けようと、ティーダも家事を覚えた。朝と眠る時だけは必ず家にいたアーロンも、ティーダが大抵のことを一人でできるようになると一日以上家を空けることが稀にできた。
ティーダはブリッツに夢中だったが、それだけではなかった。彼女ができた。周りの友達の中でカップルはいくつかできていたから特別なことだとも思わなかったが、嬉しかった。
彼女ができたその日、興奮して帰宅し、アーロンに真っ先に話したのは彼女のことだった。照れ臭い気持ちもあったが、聞いてもらいたい気持ちが勝っていた。それぐらい、初めての恋人が好きだった。
彼女は甘えるのが上手く、ティーダに擦り寄って愛撫を求める仕草を愛しいと思っていた。それは小動物へ感じるものと同一だったが、ティーダは気付かなかった。
デートを重ね、キスも何度かした。だがそこまでだった。ませた者の中には恋人と体の関係に進んだ者もいたが、ティーダはまだ早いと考えていた。それなのに彼女との付き合いが長くなるにつれ、周囲から彼女が不安がっていると聞かされた。
アーロンには事ある毎に彼女の話をしたが、こればかりは話せなかった。友人は面白がってはやし立てるだけだし、自分で考えるしかなかった。
やはりこの年で体の関係は早いと思った。第一ティーダは望まなかった。性に興味はあったし自分の体もそれに応えるように成長していたが、彼女との肉体関係に魅力を感じなかった。関係が悪化するとわかっていながら、ティーダはそのまま放置した。
段々と疎遠になり、彼女に新しい恋人ができたという噂を聞いた。それ自体は衝撃だったが、どこかで安堵していた。
当然彼女の話はもうしなかったから、アーロンが訝って訊ねてきた。彼女とはどうなった、と。
「ああ……なんか、フられたっぽい」
「向こうからか」
「うん、俺が真剣じゃなかったんだと思う」
「何かあったのか」
「……何も無さすぎたというか」
濁した言葉でアーロンは意を汲み取ってくれた。
慰める意味だろう、頭を軽く叩かれる。
「それも、経験だ。あまり気に病むな」
アーロンの手がティーダの前髪を避けて、顕になった額に彼の唇を受けた。一瞬で離れてアーロン自身もどこかに行ってしまった。
幼い頃はままある行為だったが、いつの間にか無くなっていた。アーロンにしてみれば、幼い頃を思い起こす懐かしい行為でしかないのだろう。
だがティーダの動悸は激しくなっていた。唇の感触を意識してしまって、生々しい。
何故、とは考えないようにした。
その晩、妙に気持ちが高ぶって、自慰をした。何も考えないように努力した。誰かを思い浮べるとしたら誰が浮かぶか、わかっていたからだ。

* * *

新しい彼女ができた。軽い付き合いのできる人だ。
ティーダは自分のアーロンに対する好意の意味が、憧れとか、家族愛とかではなかったことに気が付いた。気が付いてからは普段の生活での触れ合いも、苦痛でしかなかった。だから新しい彼女を作り、そちらに自分の気持ちを向けさせようとしたのだ。
ある程度は成功した。
外見が良い人で、一緒に歩くだけで気分がいい。男に慣れているから話も盛り上がる。デートは申し分無かった。毎週末どこかに出かけて、それに夢中になった。キスだってすぐにした。
だがやはり、どうしても抱きたい気分にはならなかった。
抱かれた男の数が女の価値だと思っているような彼女だったから、ティーダが拒絶すればプライドを傷つけられてすぐにおしまいだった。
やはり少し落ち込んで、気晴らしに家の側で海を眺めている。夕日が横から照りつけていた。
人の足音が近付いてくる。足音だけでアーロンとわかった。
「振られたか」
「『サイテー!』……だってさ」
隣にアーロンが座って、ティーダと同じように海に目をやった。
「女の子って、わかんねえなー」
「──お前はその子を好きだったのか?」
どきりとした。
好きになろうとして、好きだと思い込もうとしていた。それを見透かされたような言葉に冷や汗が出る。
「好きだったさ」
なんとか平静な声で返せた。
ティーダの聡い養父には通用するのかわからないが。
アーロンが小さく溜め息を吐いたのが聞こえた。やはり上手くいかなかったようだ。
「嘘が下手だな」
「…………」
「お前の年頃ならそういうことに興味を持つのは当たり前だろうな。背伸びをするなとは言わん。だが軽率にはなるなよ」
ティーダはショックを受けた。アーロンがティーダの女付き合いをそう解釈するとは思わなかった。
確かに傍から見ればそう見えるかもしれないし、結果的には同じことかもしれない。だがアーロンには誤解されたくない。
俯いて、地面に向かって叫ぶ。
「あんた、俺をそんな奴だと思ってたのか?俺はそんな下衆な根性してねえよ!確かに利用するみたいな失礼な付き合い方したよ、あの子を好きになれればと思って始めたさ!けど下心なん」
「ティーダ」
感情に任せて吐き出していた言葉の途中で突然名を呼ばれ、気勢を削がれる。
アーロンの顔を見た。
「お前、誰か好きな人がいるのか」
ティーダはアーロンから目を逸らした。
「別に」
立ち上がって、家に向かう。
アーロンもきっと追って来ている。
「話してみろ」
「どうだっていいだろ!」
家の扉を乱暴に開ける。
「落ち着けティーダ。俺にも話せないのか」
「しつけえんだよっ!」
居間の真ん中で足を止めた。
こんなに声を荒げたのは初めてだった。頭の奥がガンガン痛む。
浅く早い呼吸を繰り返していた。
アーロンが肩に手を置いたのを振り払う。そんな気遣いが、今一番欲しくない。
「……あんただよ」
ゆっくり首だけ振り返る。アーロンの顔は見ずに胸元を見た。
顔は怖くて見られない。
「女の子には誘われたって欲情しないクセに、あんたにはガキ向けのキスだけで欲情させられた」
自虐的な告白だった。いっそ嫌われようとしたのかもしれない。
「あんただから、話せないんじゃないか。それくらい、わかってよ」
恐る恐るアーロンの表情を窺う。戸惑った顔をしていた。
ティーダは薄く笑む。
「ほら、そういう顔するだろ?」
ティーダは自室に顔を向けた。
足を踏み出そうとしたところで、後ろからがっしり抱き込まれる。
「っ放せよ!触るなっ!」
ティーダがいくら暴れても、アーロンの腕から逃れることはできなかった。力の差は歴然としていた。
「……すまん」
「あ?」
「愛している」
「……はっ、どういう意味か知らないけど、どっちにしろサイテーの冗談だな」
「違う」
肩を掴まれて、アーロンと向かい合わせになる。そしてすぐに、口が塞がれた。アーロンの顔が目の前にある。
頭が混乱した。何がなんだかわからない。
状況を理解しないうちに離れてしまい、次は肩を引き寄せられた。抱き締められていた。
少しずつ今の状況を整理して自分を落ち着かせる。
未だ信じられないが、アーロンと唇を重ねてキスをした。それもアーロンから。そして抱き締められたが、今まで経験したことの無い感じだ。庇護や親愛よりももっと積極的な何かを感じる。
まだ考えたいことはあったが、沈黙の時間が気まずくなってとりあえず言葉を発する。
「……いつからだよ」
「わからん。お前にはわかるのか」
「わからない」
最初は憧れだった。そのうちに父のように、兄のように慕うようになり、その意味合いがまた変わったのはいつだろうか。
「抱き締められるのも嫌か」
先程ティーダが拒否したことを言っているのだろう。
ティーダは左右に小さく首を振る。
「ごめん、色々ひどいこと言った」
「俺もだ」
首を振りながら、垂らしたままの両腕をアーロンの背に回した。
久し振りにアーロンに抱かれた。相変わらず武骨な腕で、そしてやはり安心する。それから、少しタバコの臭いがする。
「大きくなった」
アーロンも同じように昔を思い出していたらしい。
「もう抱き上げられんな」
小さい頃もこうして、アーロンの体の中に響く声と一緒に彼の声を聞いていた。懐かしい感覚を思い出して目を閉じる。
だがすぐに目を開け、アーロンを見上げた。言っていないことがあった。アーロンもティーダを見ている。
「…………俺、アーロンが、好きだよ」
顔が赤くなるのが自分でわかった。
アーロンは微笑んだ。ティーダも微笑みを返す。照れ隠しに近かったかもしれない。
唇がまた触れた。最初のキスよりは、長かった。

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