ナギ平原はどこまでも広く風が爽やかに吹き抜けて、シンと召喚師との決戦の場なんていう凶々しさや切なさは微塵も感じられない。
そこかしこに残る戦いの跡だけが不自然に現実味があって、恐怖に似たものを覚える。
ガガゼトの山へ向かう前に一時解散して、各々自由にしていた。と言っても皆何かをするでもなくただ散歩をしていたり、体を休めていたり。時間に余裕があるわけでもなし、それくらいしかすることがなかった。
ティーダは仲間の様子をざっと見回し、最後にアーロンで目を止めた。彼は仲間達から少し離れて、たたずんだままどこかを見ていた。
こんな場所だ。何か思うことがあるのかもしれない。
そう思って彼のことはそっとしておくことにした。
ティーダは歩きだす。アーロンと同じように、仲間達から少し離れた場所に行く。そこで腰を下ろし、草の海と空を見た。
ユウナはどんな気持ちでここを見ているのだろうか。もしかしたら、自分が死ぬ場所。そんな場所に立って平静を装っているなんて、どれだけ心の強い人なんだろうか。
ユウナ……彼女とキスをした。
彼女を好きだと思う。
強く優しく、自己犠牲を厭わない、こんなに出来た人はそう居ない。
それももちろん好きで尊敬するが、そこに惹かれたわけではないとティーダは思う。
寝癖を慌てて撫で付けたり、そういう時々見せる意外な一面。……本当は意外なんかではない。『召喚士』の肩書きに隠れた『ユウナ』だ。そこがいいと思う。
そこでティーダが何となく辺りを見回すと、またアーロンが目に入る。先程と変わらない様子で立っている。
彼を見ていて考えた。
(これって、浮気、かなあ。ちゃんと話した方がいいのかなあ)
ティーダはアーロンが好きで、それは向こうも同じのはずだった。
ただ、気になってはいた。スピラに来る前から恋人らしいことはほとんどしていない。体を重ねるようなことがあっても、それはティーダが自分を持て余した結果という形がほとんどだ。
そういう感じでアーロンは元から淡白だが、スピラに来てからはまるでただの仲間。
自然消滅という形で関係は終わってしまったのだと思っている。
だがティーダ自身の気持ちに変化があったかと言うとそんなことはなくて、こうしてアーロンを見ていれば振り向いてこちらを見て欲しいと思い、宿で同室になれば意識もする。
だから余計難しい。
ユウナとアーロン、二人共好きだなんてことがあるのだろうか。
そう考える間もずっとアーロンから視線を外さずにいたのだが、突然アーロンが振り向いた。
どきりとしながらもティーダは見返したが、すぐに彼はまた違う方を向く。やや気落ちして軽く溜め息を吐いた。
頭を切り替える。
今考えるべきなのは、そんなことではない。ユウナが死なずにすむ方法だ。
草の上に倒れこむ。大きく呼吸して目を閉じた。
何も思い浮かびはしない。でも思い浮かばなければならない。ユウナを死なせるなんて、絶対にあってはならない。
ティーダは腕で光を遮り、拳を握り締めた。
* * *
誰かの足音が近付いてくる。
多分、アーロンだ。ワッカにしては重いし、キマリにしては軽い。ましてや女性陣の誰かではない。
「いつまで寝ている」
思った通りの声が降ってきて、ティーダは思わず笑む。
「何がおかしい」
「べっつに」
言いながら体を起こした。アーロンは背後に立っている。ちょうどアーロンの影がティーダを覆っていた。
それが自分の影と混じっているのを見ながら、ティーダは座り続けた。
「……おい」
やや苛立った声だ。だが実際に苛ついているわけではないのを知っている。結構気が長いのだ、彼は。
そういう彼をわかってはいても、これ以上怒られる気も無く、ティーダはのろのろと立ち上がった。
振り返った時にはもうアーロンはティーダに背を向けていた。
それに続こうと思ったのだが、何だかわからないが気が付いたらティーダはアーロンの袖を掴んでいて、アーロンは足を止めた。半分だけこちらに体を向けて、開いている方の目でティーダを見る。彼はその態度だけで引き止めた理由を問うていた。
「いや、あの、もう出発?」
「そうだ」
それが何だと言わんばかりの語調に怯んで、ティーダは袖を掴む手を緩めた。
アーロンはそのまましばらくティーダを見ていたが、やがて一言、行くぞと言って歩きだした。
ティーダはそれに従って進む。
仲間と合流して、遅刻を謝り、ワッカに軽く小突かれて出発した。ユウナにちらりと目を向けると、彼女は静かに微笑んだ。
アーロンが迎えに来たのは、何でも無いことなのだろう。それに何かを期待して問い質そうとした自分が愚かに思えて仕方ない。
そして、何かを期待した自分を叱咤する。
どちらかに決めなければならないのだ。今ならそれはユウナだ。
* * *
ガガゼト山を登りだして、結構経つ。
寒さに弱いティーダとワッカは、遅れがちだった。キマリとアーロンは人のペースをあまり気にしないし、ルールーは無言で急かす意味で先を歩く。ユウナがその二組の間でおろおろしていた。リュックはおろおろするユウナの隣で寒さに耐えている。頑張ってはいるが先行組には入れない、といったところか。
「ユウナ、こっちに来なさい。甘やかしたって遅れるだけよ」
「うん、でも私もちょっと疲れちゃったから」
ルールーとユウナのやり取りを見ても、ティーダは足を早める気にはなれなかった。
ワッカも同じだと思ったが、隣の彼のペースが突然上がる。そのままルールーの所に行った。
「なぁルー、ファイアとか出せないんかぁ?」
「あ、ソレあたしも聞きたい!」
リュックも歩調を早めてルールーに並ぶ。
ルールーは小さく嘆息して首を振った。
「火種も無くて、私に炎を出し続けろって言うの?」
あくまで冷静な意見を言うルールーだが、二人は納得しかねるらしくまだ何か言っている。
ティーダは後ろの方からそれを眺めている。一人で歩いているのも寒さがこたえて、ユウナの隣に並んだ。特に何も言葉は交わさなかったが、隣に誰かがいるだけでも温かい。
そうしてまた先行組を眺める。ワッカ達は相変わらずルールーに何やら頼んでいる。
それより数歩前にアーロンとキマリが歩く。岩が削れて短いトンネルの様になっている道の先に進んで行った。
ルールー達もすぐにそれに続くが、アーロンが足を止めた。一瞬だけ間があって、切羽詰まった様子で振り返る。
「止まれ!」
ティーダは反射的にユウナを自分の背後に引き寄せた。
直後に目の前に白い塊が降ってくる。
ユウナの手を引いて慌てて離れる。
轟音がしばらく続いた。呆然と目の前の道が埋まっていくのを眺めるしかない。
漸く治まって、ティーダはたった今出来上がった雪の山に駆け足で近付いた。ユウナには後ろで待っているように言った。
山に登って、一番上に辿り着いてやっと状況を飲み込む。
穴の入り口をこの雪の塊が埋めてしまっている。向こう側の様子もわからない。
「おい!無事なのかよ!」
「大丈夫だよ〜。皆何とも無い!」
すぐにリュックの明るい声が返ってきて安堵する。
「ユウナは?」
ルールーの声だ。冷静さを少し欠いている。
彼女が取り乱したのを声に出す程というのは、やはりこの状況は危なかったのだと改めて思う。
「ユウナも大丈夫ッス。けど、コレどうしたらいいんだ?」
「掘る?」
冗談めかしたリュックの声だ。
「早くここから離れた方がいい。迂回しろ」
アーロンがリュックを黙殺して指示する。
「迂回っつったって……」
「山を越えると洞窟がある。最終的にはそこで合流だ」
「ちょっと待ってくれよ!道もわかんないのに、こんな雪の中を!?」
「仕方ない。早く離れろと言っただろう。この辺りは危険だ」
正論だが、ティーダには荷が重い。
誰かに助けてもらいたいが誰も助け船は出してくれないし、それどころかティーダに励ましの声を掛ける。
「本気かよ?!」
「ユウナを守れ」
アーロンはそれを会話の終わりと決めたらしい。多分、もう皆も歩きだしている。そんな気配がした。
「おい!待ってくれよ!なあっ」
返事はもう無い。
脱力しそうになったが、ユウナのことを思い出して立ち上がる。雪の山を滑り降りて、少し離れた所で一人立つユウナの許に向かった。
ティーダが近付くとユウナからも駆け寄った。
「皆は?」
「大丈夫だった。迂回しろって」
「そっか……」
ユウナの表情は晴れない。
ティーダが不安なようにユウナも不安なのだ。
二人で不安がっても仕方ない。ティーダは自分の分は一時忘れることにした。
「ここ、危ないしさ、行こう」
「うん」
歩き出して少しして、規模は小さそうだが背後でまた雪が落ちる音がした。
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