何かおかしい。女の勘がそう言う。
絶対に普通じゃないのだ。

* * *

途中立ち寄った教会。
ここで今日は宿をとることにした。
さっとメンバーの様子を見る。
トロデ王はミーティア姫と共に外にいる。
ヤンガスはエイトにまとわりついてはしきりに何かを話しかけている。
エイトはそれに律儀に答えていた。
ククールは剣の手入れに余念が無い。
まぁこんなものか、と大して面白いこともなく、ゼシカは観察をやめた。
しかしその瞬間、興味深いものが目の端に映った。
ヤンガスが外に出て行った。エイトは一人になった。
ヤンガスを見送った後にエイトが視線を向ける先では、ククールがベッドに腰かけ、剣の研ぎ具合を眺めている。
じっと、壁に背を預けてエイトの表情を観察した。
無表情に近い。しかしよくよく見ると、微かに感情を読み取ることができた。
憂いを帯びたような、潤んだ瞳。何かを訴えかけようとする、軽く閉じられた唇。
それ以外に何か無いかと、些細なことも見逃さないように注意深く眺める。
その視線に気が付いたのか、エイトはゼシカと視線を絡めた。少し驚いた顔をして、ゼシカが微笑みかけるとばつの悪い顔をしてどこかに行ってしまった。
「ゼシカ」
視線だけでエイトを追っていると、ククールが名を呼んだ。
すぐ側に寄っている彼を見上げる。彼は、ゼシカが背を預ける壁に片肘をついていた。
全てにおいて妙にかっこつけていて、それら全てが決まっているのだからその辺の女の子がキャアキャア騒ぎ立てるのも頷ける。ゼシカは大して興味を持たないが。
「何見てたんだ?」
「……エイトよ」
隠すことでもなく、ククールの反応を見たいという思惑もあり、少し溜めてから正直に言った。
表面上はククールに変化は見られない。
「エイトの方がお気に入りか?」
「あんたみたいなキザ男より遥かに良いわ。純朴で可愛いじゃない」
ククールの言葉は、ゼシカの興味がククールに無いのか、という問いに聞こえる。
しかし、少し違った角度から見れば面白いものが見えてくる。
「つれねぇなあ。けど、あいつはミーティア姫とトロデ王にご執心だぜ?」
「あら、わかんないわよ。今までまともに女を見てこなかったんだから。さっきだって……」
少し含みを持たせると、ククールの表情に微妙な変化があった。
それはすぐに引っ込んでしまって、どんな感情を表していたのかははっきりと掴めなかった。
「……ゼシカは、俺のこと、嫌いか?」
ゼシカを壁と自分とで挟み込んで、間近でそうククールは尋ねた。
ゼシカは表情を変えずに、ククールの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「嫌いじゃないわ。けど、そういうところは嫌い」
ククールを押しのけて、ゼシカは自分のベッドに向かった。
その上に座り、荷物の整理を始める。
「……ほんと、つれねぇなあ」
ククールは呟いて、去った。

* * *

夜になって、食事が始まった。
教会には食堂があって、そこの大きな食卓で教会にいる全員で食す。
四人はいつも二人ずつ向かい合って座る。
ゼシカの隣りになるのは、いつも決まってヤンガスだ。つまり、ククールとエイトはいつも隣り同士。
育ちの良さの窺える仕草でスープを口に運びながら、ゼシカは下品なことに目の前の二人の食事の様子を観察する。
ククールは、聖堂騎士団に属しているだけあって、そつの無いマナーだ。エイトも、王に使える身分。不十分な点は見当たらない。
ただ、二人に共通して言える違和感。
妙に力が入っている。
ククールにしろ、エイトにしろ、マナーはしっかり叩き込まれているはずなのだから、肩肘張らなくとも体が自然と動くはず。マナーを気遣っての余計な強張りではなさそうだ。
ならば、何だ。
「ゼシカ、行儀が悪いでがすよ」
「あんたに言われたくないわよ」
スプーンを咥え肘をついていると、ヤンガスが口を出した。
口では突っ撥ねたが、指摘されて少々羞恥心を煽られる。わざとやっていたのではあるが、言われると恥ずかしいものだ。
エイトが苦笑している。それを見て更に恥ずかしくなった。
ククールの視線は、他とは少し違った。
あまり良い感情が感じられない目だ。
薄く笑んで、ククールに流し目を投げ掛けた。彼は特に反応を示さずに視線をはずし、食事を続ける。
しかし、エイトが話しかけると、ゼシカに向けたものとは正反対の目で応える。アイスブルーの双眸が温かそうな表情をする。
「ゼシカ、食べないでがすか?それじゃ、アッシが……」
「食べるわよ」
二人の観察をやめて、ゼシカは食事を続けた。

* * *

「ねぇ、エイト」
部屋に誰もいない時を見計らってエイトに声をかけた。
ん?とエイトはゼシカと目を合わせる。
「好きな人とか、いないの?」
途端にエイトの頬に紅葉が散る。
一瞬視線がどこかへ行ってしまって、またゼシカの所に戻ってきた。
「……ゼシカも好きだし、ヤンガスも好きだし、姫様も王も……」
「ククールは?」
沈黙。
「好きだよ」
「誰が一番好きなの?」
再び沈黙。
「そんなの、決められない」
「……ここは嘘でも、私って言うものよ。女心がわかってないわね」
エイトは怯んだように言葉に詰まり、小さくごめんと呟いた。
「ねぇ、いるんでしょ?一番好きな人」
俯いて緩慢に首を振る。
どこか悲痛な空気が感ぜられた。
そんなに苦しい顔をされては、悪いことを言ってしまったような気持ちになる。
「ククール」
名前を出すと、僅かに表情が厳しくなった。
「……って、イイ男よね」
「え……?」
「ハンサムだし、女の扱いがうまいわ」
「でも、ゼシカ、嫌ってたじゃないか」
「わかってないわね。恋は押しと引きが肝心なのよ。ククールの髪、綺麗よね……手も大きくてたくましくて……」
「ゼシカ!」
エイトは突然大きな声を出して、すぐに恥じたように視線を逸らす。
しばらく見つめていても、謝るだけで進展は無かった。
前途多難……。私にも打ち明けられないようじゃ、本人になんて言えっこないわ……。ククールを押してみた方がいいかしら。
「……じゃ、そういうことだから、私はククールの所に行って来るわね」
長いスカートの裾をふわりふわり揺らしながら、ゼシカは出口に向かった。
これで何もしてこなければ、もうエイトに賭けても無理ね。
背後を気にしながら歩を進め、ノブに手をかけた時、その手の上にエイトの手が被さった。冷たい感触だ。
ほとんど高さの変わらない位置にあるエイトの目を見て、宿す光の強さ、鋭さに驚いた。一瞬、すくみ上がってしまうほどだった。
「行くな」
「どうして?」
「……行くな」
温厚そのものである彼の平生からは想像もつかないくらいの激情を秘めた声だった。
黒曜石の宝珠の様だと思っていた彼の瞳が、今は黒曜石の小刀の様だ。
ゼシカはノブから手を離し、扉に背を預けた。自分の左頬をエイトに見せて、再び尋ねた。
「……どうして?」
エイトの拳が、固く握り締められるのを目の端で捉える。
エイトは何度か言葉を唇に乗せようとしては、止めて、それを繰り返していた。
焦れてゼシカが先に仕掛ける。
「ククールが好きなんでしょ?」
「……っ」
見る見るうちにエイトの頬が紅色に染まっていく。
「好きなんでしょ?」
エイトが小さく、うん、と頷いた。
でも、と繋ぐ。
「ゼシカは……」
「はったりよ。あんたが白状しないから。あんなキザ、私は嫌よ」
溜め息一つ吐いて、緊張を和らげた。
エイトは呆然と立ち尽くしていて、先ほどのあの目の輝きはどこへ行ったのか。
「協力してあげる」
笑みを口元に刻んで言うと、彼は益々混乱した顔をした。
混乱……戸惑いの方が近いだろうか。
「あんた一人じゃ進まないでしょ」
「……でも、僕は男だし、ククールは……」
「好きなんでしょ?」
治まりかけた頬の赤みが、また元に戻った。
言葉として返答は返って来なかったけれど、それが十分な答えとなり得た。
「じゃあ、それでいいじゃない。振り向かせればいいだけよ」
ククールに全くその気が無いのなら、こんな無責任なことは言わないが、ゼシカは確信している。だからこれは単なる気休めではなく、真に励ましの意である。
エイトはゼシカの言葉をそんなに深い意味とは捉えなかったようで、余り明るい顔はしない。
本当に鈍いわね……。
「ま、これから頑張りましょ」
これ以上ここにいても無駄、と体を反転して、ノブに手を掛ける。
「……ゼシカ!」
手はノブに掛けたまま、首を捻ってエイトを見た。
彼の背後の窓からは、月影が鮮やかに見える。満月なのだろうか。随分明るいようだ。
月はそんなに華やかに賑わっているのに、エイトはしかし深刻な顔をしている。
「ゼシカは、なんで協力してくれるんだ?男がこんな……気持ち悪くないの?」
思わず笑みが浮かんだ。
返答は返さないままで再び顔を背け、扉を開ける。背後からの月光とランプの明かりが作る己の影を見た。
「私はお節介なのよ」
ぱたん、という軽い音と共に足下の影法師が消えた。

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