どうにも釈然としない。
イライラする。
原因はわかりきっていた。
それを認めたくないだけで。

* * *

サザンビークに向かう道中。
太陽の光が紅くなりかけている。そろそろ今夜の宿を探さなければならないが、目的地が近くなっているはずだった。
トロデ王はいつものごとく御者を勤め、ミーティアは幌馬車を引く。
その馬に付いてエイトが歩き、またそれに従ってヤンガスが。ゼシカは馬車の横を歩く。
ククールは馬車の裏側にいた。
「ちょっとククール」
「何だよ?」
ゼシカが歩調を緩めて隣に並ぶ。
気の強そうな眼差しが、更に剣呑な光を帯びていた。
「あんた最近エイトに冷たくない?」
「そんなことは無いさ」
「嘘よ。ろくに話してもいないじゃない」
いくら否定しても無駄だろう。
ふぅ、と溜め息を吐いて頭を振った。
「何よ」
「ゼシカは何でもお見通しだ」
「女はそういうことには鋭いのよ」
しばらく無言で歩き続け、ようやく口を開く。
馬車の影。声をひそめれば会話の内容は前にいる者達には聞こえないはずだ。
「嫌いなわけじゃない」
「そんなことわかってるわよ」
「……じゃあわかるだろ?」
「だから言ってるんでしょ!」
苛立ちを含んだ声が返ってきた。
「どうしたのよ。恋の駆け引きはお得意でしょ?」
「……そんな遊びじゃない」
「けど、どうしたら良いかはわかってるんでしょ?」
わかっていても出来ないから、だから困っている。
それもゼシカはわかっているだろう。
「……傷つけてしまいそうなんだ。あいつは、今までオレが遊んできた女とは違う」
「だから避けるの?」
「……わかってる」
「そうよね。全部わかってる。でも出来ない。それが恋よ」
馬車が地の砂利を転がる音が心地良い。
それに交じる馬の蹄の音。
前方から更に微かに聴こえる人の足音二人分。重い足音と軽いもの。
また溜め息をこぼした。
突然、馬の嘶きが聞こえた。馬車も当然のことながら止まる。
「姫!」
トロデ王の声が響いた。
モンスターの襲撃でもあったのだろう。
この近辺の敵はそれ程警戒する必要は無かった。
前にいる二人でも十分であろうが、一応様子を見に行く。
「兄貴!!」
ヤンガスの声が聞こえた。
ただならぬその様子に、不安が掻き立てられる。
急いでトロデ王達の許へ向かった。
「どうしたんだ!」
「兄貴が……兄貴ぃ!」
ヤンガスはすっかり取り乱して、オロオロとエイトの様子を見ている。
エイトは、倒れ伏していた。
それを見て、すーっと頭から血の気が引くのを感じた。
「どけ!……ベホマ!」
ヤンガスを突き飛ばして呪文を唱え、強い回復呪文を使ったが、エイトが目を覚ます気配は無い。
「く……っ!」
何があったか、状況が理解できないが今はモンスターを倒すのが先決だ。
「ゼシカ!エイトを頼む!ヤンガス、いくぞ!」
「待って!ククール、あんたは先にエイトを連れて行って!もうサザンビーク城の近くまで来ているはずだわ」
ならば馬車に乗せて……と思ったが、どうやらミーティアも傷を負ったようだ。
ククールが連れて行くのが一番早いだろう。そして、これはゼシカの気遣いだろう。
ククールは頷き、後を二人に任せてエイトを背負った。
見た目は細いのに、案外筋肉がついていてエイトは重かった。だがそんなものは気にならない。
駆けてサザンビークを目指す。
後ろからは戦いの音が聞こえてくる。振り返る余裕は無い。
あそこで食い止めてくれることを願うだけだ。
ゼシカの言った通り、すぐに大きな城門が見えてくる。
駆け込んで、すぐさま宿屋に向かう。
背に負ったエイトを示すと、料金後払いにしてくれた。
部屋でベッドにエイトを下ろして顔を覗き込む。 外傷は無い。ククールが治したはずなのだから。
ただ、目を覚まさない。
心配で心配で、このまま目を覚まさないのではという不吉なことまで考えてしまった。手をとり、握りしめる。
神など一度も信じたことは無かったが、今だけ祈る。こんなに都合のいい生臭坊主の祈りを、神が聞き入れてくれるとは到底思えないが。
どうせ効果が無いならばと、もう一つまじないを試してみようかと思った。
腰を浮かして、エイトの顔の両脇に手を付く。
真上から見下ろすエイトの顔は穏やかだ。
「眠り姫は、キスで目覚めるって言うだろ?」
誰に向かって言っているのかもわからないが、呟いてエイトに顔を寄せていく。
しかし触れる直前で離れた。
こんな風に唇を奪うなんて、卑怯だ。
いくら好きだと言っても、そこまで自分を堕とすつもりはない。
「誰が眠り姫だって?」
目前の顔が目をぱっちり開けた。
驚いて思わず動きを止める。
「お前……いつから……」
「ずっと。……というか、全部演技だ」
余りのことに、言葉も出ない。
「さすがにモンスターに襲われることまでは予定外だったけど、他は全部ゼシカが仕組んだことだよ」
ククールは小さく舌打ちした。
全て、あの女の差し金だ。
ヤンガスもグルだろう。
「ごめんな?試すようなことして」
「何を試したんだ?」
「…………」
エイトは言葉に詰まって視線を逸らした。
「……僕が、嫌われてないか。最近ククール、話もしてくれなかったし」
しどろもどろに言うその様子からすると、この言葉は真実ではない。
このバカ正直者は、嘘をつくという器用なことはできない。
じっと見つめて、エイトが自分から真実を話すように重圧をかける。
「……わかった!わかったよ!言うからそんな目で見ないでくれ!」
そんなに凄い目をしていたのか、エイトは必死の形相だ。
「ククールが僕を……」
「を?」
「…………す……好き、か……試したんだ」
これは告白と受け取っていいのだろうか。
顔を逸らし、乱れた前髪から見える黒い瞳がゆらゆら揺れている。
「……で、オレは合格か?」
「そんなの……ククールが一番わかってるだろ」
顔を逸らしたまま。
真っ赤に染まった頬は、夕焼けのせいにして見逃してやるべきか。
「……いつまでそうしてるの」
目線だけこちらに向けて、エイトは言った。
まだエイトの真上から見下ろしたままだ。
「まだ聞いてない」
「何を?」
「ちゃんとした告白」
「お互い様じゃないか」
不服そうに言う。
墓穴を掘ったことに気が付いていないのだろうか。
にやりと笑って、すぐにその笑みを消す。真っ直ぐに、真剣に見つめて言葉を紡いだ。
「好きだ。……エイト、好きだ」
エイトの顔が一層赤みを増した。朱色に染まったその頬が、紅をのせたようで艶っぽい。指の背でなぞると、ギュッと目を瞑ってしまった。
もう、エイトには言い訳できない。
「言ってくれよ」
ふるふると首を振る。その度前髪が散ってエイトの顔を複雑に彩った。
乱れた前髪を整え、そのままの流れで頬を包み込む。
「エイト……」
いつもの強気な態度を奥にしまいこみ、弱気を見せる。
効果はてきめん。
エイトは瞬きを何度も繰り返し、視線を定まらせない。
そのうちにズルズルと布団を引き上げ、中に潜り込んでしまった。
「……」
ボソボソと何か聞こえた。
もう少し近付いてみる。
「聞こえないよ」
「……好き、です」
くぐもった声で、布団の中からそう聞こえた。
愛しさがこみ上げて、布団ごと抱き締める。顔のある辺りに唇を軽く何度か押し付けた。薄い布だから、何をしているかは伝わっているはずだ。
「ク、ククール!」
困り果てた声で布団が喋ったが、今は何を言われようとも無駄。
布団を剥ぎ取ると、苦しかったのか暑かったのか、他の何かなのか、惚けた顔のエイトが現れた。
「直接してほしいって?」
エイトは何か言おうとしたが、それを己の唇で阻止した。
エイトはククールの服をギュッと掴んでいた。それを外させて、首に回す。
存分に味わって静かに離れると、夢の世界に行ったままの顔でエイトが見てきた。
「初めてか?」
「あ……当たり前だろ!僕はずっと姫様と王に仕えてきたんだから」
「オレだって一応神に仕えてたんだけどな」
エイトは何か言葉を紡ごうとしたが、それは形を成さず、口の中でモゴモゴとくぐもった音を立てるだけだった。
「エイトはオレのために取って置いてくれたんだろ?」
「そん……っ」
「わかってるよ。言い訳しなくていいさ」
「ち、違う!」
全身で否定してくる。
そういう動作一つ一つが愛くるしくて仕方無い。
もう少しこうしていたいが、この状況を作り出してくれたゼシカは、そのために戦闘に身を投じている。様子を見に行かなくては。
「ゼシカ達の様子を見に行こう。大丈夫だとは思うけどな」
「うん」
エイトはベッドから抜け出して服装を整えた。

* * *

これからの旅を思って、楽しくなる。
決して楽な旅ではないし、目標も果てしない。
それでも、互いが居るだけで、それだけで胸が高鳴る。誕生日を翌日に控えたような、そんな綺麗なモノに満ち満ちた喜び。
これからの旅は、舗装された道ではなくとも、花で飾られていくことだろう。

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